「頭!」

「……なんだ?」

アジトで部下達の報告――戦利品の状況などを聞いていたロッソの元へ、東棟に仕事に出かけていたはずの手下が血相を変えて飛び込んできた。

「ザールブルグの聖騎士がやってきやがった!!」

その場にいた男たちも、それを聞いてざわめいた。

「何!?」

「どういうことだ!! そんな情報は入って来てないぞ!?」

ロッソは何かを考え込むように、両肘を膝の上にたて、顎を乗せて床を見つめていた。

「……頭?」

「どれくらいの人数だ?」

手下の呼びかけとほぼ同時に、ロッソが言った言葉に、報告に駆け込んできた手下に問いかける。

「あ……、そ、それが……。」

「なんだ?」

「その……、ひ、ひとりなんで……。」

そのたった一人にやられたとわかれば、頭から制裁をくらうかもしれないと、今更ながらに思い、報告に来た男は不安そうに答えた。

だが、ロッソは答えた手下には何の興味も示さず、ただ、不思議そうに問い直した。

「……ひとり……?」

「へ、へい……。他に、仲間がいたかどうかは……、その、確認できてないんですが……。……少なくとも、隊を組んでやってきたというわけでは、ないようで……。」

「……? どういうことだ?」

「あ、その……。その聖騎士が、おれたちに、アジトの場所と、その……。」

「なんだ?」

頭の怒りを買わなかったことに、どこかホッとした様子の手下は、必死でダグラスと対峙した時の様子を思い出しながら、答える。

「……女の居場所を……、聞いてきたんで――。」

そう答えた手下は、ロッソの瞳に暗い炎がともったのを感じた。

ロッソの側にいた他の手下たちも、部屋の温度が急激に下がったように、冷気のようなものを感じた。

明らかに、ロッソの雰囲気が変わったのだ。

「……おもしれえじゃねえか……。」

「か、かしら……?」

ニヤリと、どこか底知れない不気味な笑顔を浮かべたロッソが、ゆらりと椅子から立ち上がった。

「どう、されたんで……?」

周囲の手下の1人が、恐る恐るロッソに問いかける。

「……何、面白い、趣向を思いついたんでな。」

そう答えると、ロッソは自分に対しておびえる手下たちに一度笑いかけると、そのまま部屋を出て行った。



「ここにいる女で、全部か?」

「はい、頭。とりあえず、今現在、ここにいるのは全部です。」

「そうか。」

簡易の木造の格子の向こうに、暗い表情の女が10人ばかり身を寄せ集めて座っている。

ロッソは、一人一人を値踏みするように、眺めた――。



――――――――――



……すでに、どのくらい、この暗い牢屋に入れられているのだろう?

時折聞こえてくるのは、盗賊の一味と思われる男たちの声。

そして、新しく攫ってきた女たちを、この牢屋に入れに来る男たちの足音――。



(ダグラス……。)

すでに、幾度呼びかけたかわからない、まぶしい、太陽のような笑顔を持つ青年の名前。

エリーが、誰よりも心を許し、そして、側にいるのがあたりまえに感じていた、暖かな存在。

「……ダグラスぅ……。」

かすれた声は、弱弱しく、エリー自身の耳にやっと届く程度だった。

けれど、その自分の声でさえ、ダグラスのことを恋しく思う気持ちを強める他には、ならなくて……、胸がよけいに苦しくなるだけだった。

エリーは、苦しさを感じる胸の前で、手をぎゅっと握り締め、息を止める。

胸からせりあがってくる、何かが喉につまり、嗚咽と変わる。

泣きたくなどないのに、こらえきれない涙が頬を伝った。

(苦しい……。)

ダグラスが恋しくて、会いたくて、胸がつぶれそうだった。



その、胸の痛みと感情に囚われていたエリーの耳に、外界からの音が不意に聞こえてきた。

キュッと唇をかみ締め、嗚咽を飲み込むと、袖口で涙を拭き、キッと顔をあげた。

牢屋の一番奥の岩壁にもたれるように座っていたエリーの目に、格子の向こう側に男が数人立っているのが見えた。

いつものように、下心まるだしで覗きに来る男たちとは、雰囲気が違った。

(なに……?)

エリーの中で、警報が鳴り響く。

胸が、どきどきした……。



男の1人が、おもむろに取り出したのは、格子にかかっている錠の鍵のようだった。

カチリと、必要以上に大きく、開錠の音が聞こえてきた。

男たちは、そのまま、小さな格子戸をくぐると、中へと入ってきた。

入り口付近にいた女たちは、いっせいに、エリーがいる最奥へと逃げ込んできた。

牢屋の中に明かりはなく、格子の向こうにある、かすかなろうそくの炎と、男たちが持つ、ランプのみが、エリーたちにとって、確かなあかりだった。

エリーは震えそうになる自らの体を抱きしめ、懸命にこらえた。



「ザールブルグの聖騎士が、来ている。」



男の1人が、何の脈略もなく、話し始めた。

その言葉に、エリーはまじまじと話し始めた男の顔を見つめた。

(……何が、言いたいの……?)

ランプの光が、ただでさえ、不気味に見える盗賊たちの顔を、さらに醜くゆがませ、エリーたちの恐怖をあおる。

他の女性たちも、男たちが口にだした『聖騎士』の言葉に、わずかに希望を見出したかのように、パニックになりかけ、ざわめいていたのが、静かになった。

いかに、ザールブルグの聖騎士の名が、シグザールだけでなく、近隣国の人々にとってさえも、知れ渡り、頼りにされていることがわかるものだった。

魔物や盗賊などから、その命をかけて国を守り、そこに住む人々を守る、英雄であり、そして、希望なのだ。

女たちの反応が、思いどおりのものだったのか、男たちはなぜかニヤリと笑みを浮かべた。

それに気づいたのは、男たちが何を言いたいのか、その真意を疑ってかかり、顔を凝視していたエリーだけだった。

その男の1人が、いきなり、一番手近にいた女の髪をつかんだかと思うと、力任せに引っ張りあげた。

「キャアア!!」

案の定、女は痛みと恐怖におびえ、悲鳴を上げた。

「この中に、聖騎士の女がいるだろう……。おまえか?」

問われていることが理解できないのか、あまりの恐怖に耳が聞こえていないのか、女は悲鳴を上げ続け、男の質問には答えられない様子だった。

その女の様子にあきれたのか、単に耳が痛んだのか、女の髪を引っ張っていた男が眉をひそめた瞬間、となりにいた男がどこから取り出したのか、短剣を抜いたかと思うと、女の喉笛を切り裂いたのだ――。

「キャアアアアア――――――!!!!」

エリーは、自分の口から悲鳴がこぼれたのかと思った。

だが、実際に悲鳴を上げたのは、エリーの周りにいた女性たちだった。

「イヤアアアアア!!!」

「殺さないでええええ!!!!!」

喉を切り裂かれた女は、そのまま重力に逆らうことなく、地面へと倒れた。

永遠に、ものを言えなくなったその女性の口は、小さく開いたまま、そして、何も写さなくなった瞳から、一滴、涙がこぼれたように、エリーには見えた。

「やかましい、女ども。……死にたくなければ、口を閉じろ。」

短剣を握り締めたままの男が、そういうと、女性たちは、必死で自らの口を押さえ、ほんの少しでも他の女たちより男から遠ざかろうと、皆がみな、必死で他を蹴落としても死という恐怖から少しでも遠ざかろうとしているようだった。

そんな中で、エリーは、ただ呆然とし、自分の瞳から、あとからあとから涙がこぼれるのを、止めることができなかった。

エリーの目には、そこに横たわる女性の姿しか、映っていなかった。

「……ひ、どい……。」

彼女が、何をしたというのだろう。

無理やり攫われてきて、こんな暗い牢屋に閉じ込められて……。

そうして、ただ、悲鳴を上げただけで、うるさいという理由だけで、その尊い命を虫けらのように奪われたというのだろうか……。

「おまえはどうだ?」

エリーが呆然としている間にも、男たちは次のターゲットを定めたように、1人の女を集団から引きずりはなした。

「ち、ちが……。」

彼女は、歯のかみ合わない口で、なんとか答えようとしていた。

「ほう、違うのか?」

男は、そんな女を面白そうに見ている。

女は、必死で首を立てに振り、何とか離してもらおうと必死になっているようだった。

「どうだかな。」

男は、わかっているのだろうに、切り捨てるようにそう言うと、女の喉下に血のついた短剣をつきつけた。

「い、いや……。た、たすけて……。」

「ふん。」

男は、震える女をただ無機質に見つめると、そのまま短剣を引こうとした。

エリーは、次の瞬間、何も考えられなくなり――。

「やめて――――!!!!!」

エリーの声は、盗賊のアジト全体を震わすような、大音響となり、あたりに響きわたった――。



【To be continued】



(05.07.17)



《11》     長編top     《13》