男たちは、呆気にとられたような、固まった表情で、エリーを注視した。
エリーは、自分がいつ立ち上がったのかさえ、気づいていなかった。
周囲の音など全く聞こえず、ただ、自分の心臓の音だけが、うるさいほどに鳴り響いているのを感じていた。
「彼女は、あなたたちの質問に答えたわ! 違うと言っているじゃない!! 早く離してあげて!!」
それだけを言って、一呼吸したとたん、エリーは、頭からさっと血の気が引くのを感じた。
自分は、今、とてつもなく危険なことをしていると言うことを自覚した。
相手は、他人の命など何とも思わない、卑劣な外道たちなのだ。
こんなことをしても、次に殺されるのが、自分になるというだけの、ただそれだけの変化をもたらしただけに過ぎないのだと感じた。
手足がガクガクして、立っているのが精一杯だった。
それでも、必死でエリーは男たちをにらみつけることをやめなかった。
こんなところで、負けたくない。
――逃げたくない。
結局、ここで殺される運命だったとしても、こんな卑劣な奴らに、許しなど請いたくないし、屈服なんて、絶対にしたくない。
短剣を握っていた男が、何を思ったのか、嬉しそうにニタリと笑うのを感じた。
男は、そのまま、本当に、物でも放り出すかのように、捕まえていた女を放り出すと、ゆっくりとエリーに近寄ってきた。
エリーの前にいた女性たちは、必死で両脇へと逃げていく。
エリーは、倒れそうになる体を必死で支えながら、目をそらしたら負けだとばかりに、近寄ってくる男をにらみつけた。
「なるほど、おまえか。」
男は、エリーの目の前まで来ると、そういった。
男の言葉の意味など、エリーにはすでに理解できなかったが、男は満足そうに笑うと、エリーの頬を片手でつかみ、上を向かせ、そうして顔を覗き込んできた。
男の生臭い息が顔にかかる不快感に、吐き気がしてくる。
まるで、子供がいたぶれるおもちゃを見つけたような時の、残酷なまでの無邪気さをその表情から感じとり、エリーは今度こそ、震える体を止めることができなかった。
「な、んの……こと……?」
「おまえ、錬金術師だな?」
男の質問に、エリーはビクリと体を震わすことで、肯定の意味を示してしまった。
男がニヤリと笑うのを見て、エリーはキッと、にらみつけた。
「何が、おかしいの!?」
精一杯勇気を振り絞った言葉のつもりだったが、男には、おびえきった子犬がキャンキャンほえた程度にしか感じなかったらしく、鼻で笑った。
「こんな、小娘がな。」
「……?」
エリーは、その男の瞳に、剣呑な光を帯びてくるのを感じた。
明らかに、エリーに対して憎しみの感情を持っている。
なぜだかは、全くわからなかった。
逆に、エリーが男に対して、憎しみをぶつけるのならまだわかる。
それなのに、男はあたかもエリーを汚いものでも見るかのように、侮蔑のまなざしをむけるのだ。
「……な、に……?」
「おまえは、聖騎士の女なのだろう?」
「え?」
エリーには言われている言葉が――、いや、意味はわかるのだが、それが自分をさしているのだと、男が思い込んでいることに理解できなかった……。
「頭! ……本当に、そいつなんで?」
側にいた他の男たちも、どうしてそう思ったのか理解できないらしく、質問をぶつけてきた。
「女。貴様を助けるために、聖騎士が単身で乗り込んでくるらしいぞ。……嬉しいか?」
手下たちの言葉には反応せず、エリーの瞳を覗き込んだまま、頭と呼ばれた男が言う。
エリーの頭の中は、言われた言葉で一杯だった。
(『単身』で、『聖騎士』が、……助けに来る……?)
男の言葉を頭の中で繰り返す。
そして、はっと気づいた。
(まさか、ダグラスが――?)
アニスが捕らえられていないことから、ザールブルグのダグラスが、エリーのことを既に知っていたとしても不思議ではない。
……だが、任務を放り出してまで、ダグラスがエリーを助けには来てくれるだろうか?
ありえないと思いながらも、心のどこかが期待するのを止められない。
ダグラスが、エリーを助けるために、近くまで来てくれているのだと――。
その、エリーのかすかな期待の心を敏感に読み取ったらしい、目の前の男は、ニタリと嫌な笑いを浮かべた。
「やはり、おまえか。」
その言葉に、エリーは、ハッと我に返った。
目の前の男の顔には、ゆがんだ笑みが張り付いていた。
……どこか、違和感らしいものを感じさせる、不気味な笑みだった。
「……あなたは……、一体……。」
「俺は、ロッソだ。……こんな名前には、意味がないと思うがな。」
恐怖に震えそうになりながらも、懸命にその様子を見せまいと虚勢らしいものをはろうとするエリーを、ロッソと名乗った男は面白そうに笑った。
――どこか嫌な感じのする笑みだった。
エリーは、なぜかその男に瞳に、舐めまわされるような不気味な感覚を感じた。
そうして……、男の思惑に、まんまと載せられたことに、今更ながらに、気が、ついた――。
――――――――――
「……また、来たか……。」
森の中、盗賊団の根城への最短距離を進んでいたシュワルベが、前方から現れた気配を読み取り、ため息をついた。
だが――。
「……本領発揮と、言ったところか……。」
人の気配はする、が、……大半が、魔物の気配だった。
シュワルベは、慎重に相手の出方を観察していた。
相手の方は、魔物がシュワルベの気配を察知したことから、自分が捜している相手が近くにいることに気付いたようだった。
そう、間をおくことなく、魔物たちがシュワルベの前に現れた。
(……さすがに人間のほうは、少しくらい知能があるらしい……。)
魔物と並んで登場するかと思いきや、どうやら、シュワルベの強さを量るつもりなのか、人間のほうは、姿を隠したままだった。
(……ムダなことだがな……。)
シュワルベがそう考えた瞬間、魔物たちが襲い掛かってきた――。
ほんの数回、シュワルベが剣を振るっただけで、そこには、魔物の死骸が累々と転がっていた。
「……姿を見せたら、どうだ?」
どこを見るともなく、シュワルベは言ったが、姿を隠したままの相手は、出て来る様子はなかった。
シュワルベは次に、ナイフを懐から取り出すと、そのまま、10メートルほど先の茂みの中へと投げた。
「ギャア――!!」
木が密集して生えている上、これほどの距離を空け、その上で茂みに姿を隠していたにも関わらず、ナイフを腕に突き刺された男は、転がるように姿を見せた。
「お、おまえ……!! な、何者だ!?」
「……シュワルベだ。」
「何!?」
「……シュワルベが来たと、ロッソに伝えろ。」
殺気のこもった目で、容赦なく睨みつけられた男は、完全に震え上がり、そのまま森の奥へ――おそらく、アジトの方へと逃げ出していった。
「……………………。」
そのまま、追いかけてもよかったのだが、わざわざ追いつく必要性もなく、自分が現れたことにより、ロッソがどう反応するかを確かめてみたいと思った。
何を考えて、足を洗ったはずの盗賊家業を再開したのか……。
それも、自らの名前を出すでもなく、シュワルベの名をかたってまで――。
「……ロッソ。貴様は何を考えている……。」
シュワルベは、自分が逃がした男が消えて言った方向をにらみつけるように見つめながら、ポツリと、そう、つぶやいた。
【To be continued】