乱暴に、牢屋から引きずり出されたエリーは、なんとかしてロッソと名乗った男から離れようと暴れたが、男にとっては、エリーの抵抗など、意に返すほどのものではなかったようだった――。

エリーは、ロッソに引きずられたまま、岩窟に掘られた部屋のような場所へと押し込められた。

そこは、簡易なベッドなどの家具を置いた、男の部屋だと予想がついた。

……何故、自分は、ここへ連れてこられたのだろう……?

「きゃっ!」

男は、エリーを部屋に押し込み、自らの体もそこへ滑り込ませると、エリーを勢いよくベッドへと突き倒した。

「――――!!!」

スプリングの悪い、粗末なベッドが軋み、エリーはシーツに沈んだ。

慌てて起き上がり、ベッドから離れようとしたエリーに覆い被さるように、男がのしかかってきた。

「いや―!!」

死に物狂いで手足をばたつかせ、男の下から逃れようと暴れるエリーの手が、男の頬を直撃した。

「……っ!」

当たり所が悪かったのか、男は口の中を切ったようで、べっと血交じりの唾を床にはき捨てると、エリーの顔を数発力まかせに殴りつけた。

衝撃で、頭がくらくらして、目の前が真っ白になる。

痛みに涙がにじむ。

それでも、暴れることをやめなかった。

「いや!」

「おとなしくしやがれ!!」

男は、容赦なくエリーを殴り、乱暴にエリーの髪の毛をわしづかみにした。

「―――っ!!!」

あまりの痛みにうめいたエリーの涙にぬれた顔を、ロッソはあからさまに蔑むように見ていた。

「痛いか?」

明らかに面白がっている様子を隠そうともしない男の声に、エリーは、それでも弱っているところを見せたくないと、必死でにらみつけようとした。

「ふん。まだ、そんな元気があるか。……震えているくせに。」

くっくと笑いながら、男はエリーの体をもう一度ベッドへ放り出した。

エリーは、ベッドに投げ出された衝撃と、男に言われずとも解っていた体の震えを抑えるために、思わず自らの体を抱きしめた。

自分が、どれほど気丈に振舞おうと気持ちを奮い立たせても、体は痛みに正直で、カタカタと震えるのが止まらない。

所詮、女の力で、男に勝てるはずがないことくらい……わかっている。

恐怖と悔しさのあまり、あふれそうになった涙が、エリーの視界を奪い、思わず、ギュッとエリーは瞳を閉じた。

「……強情な女だな。」

泣き喚くでもなく、あきらめるでもなく、許しを求めるでもなく、あくまで、抵抗しようとするエリーに、ロッソは少しばかり不快そうにつぶやいた。

が、すぐにまた、ニタリと笑う。

「……さすが、『聖騎士』の女というだけはあるか。まあ……。」

一呼吸おいたあと、男がつぶやいた言葉に驚き、エリーは思わず目を見開いた。

「「そうでないと、面白くはない。」」

――その言葉が、二重の響きを持ってエリーの耳に届いたから……。

人には、出せない声の響きだった。

目の前のロッソは、先ほどと同じように、エリーを蔑むように上から見下ろしていた。

――しかし、その背後に、何か、黒い陽炎が立ち昇っているように、見えた。

「ひっ……。」

その陽炎は、エリーがその存在に気付いたことを知ったかのように、まるで踊るように揺れ、そうして、エリーの顔の前まで広がってきた。

「いやあ!!」

思わず両手で顔を庇った。

そのエリーに、男は遠慮なく覆い被さって、胸元をつかみ、一気にエリーの法衣を引き裂いた――。

「やあ――!!!!」

通常の布より丈夫に作られているはずの法衣を、いとも簡単に力任せに引裂いた男の力が、心底恐ろしかった。

再び死に物狂いで暴れだしたエリーに、面倒だとでも思ったのか、男は舌打ちし、もう3発ほど殴りつけると、一度エリーの上から離れた。

思いっきり暴れたことと、殴られた衝撃――恐怖の所為で、かなり体力を消耗し、完全に息が上がってしまっていたエリーは、それでもその瞬間を逃さずにベッドから起き上がると、少しでも男から離れた位置へと飛び退こうとしたが――。

「え――……?」

クラリと、頭が揺れた感じがして、ベッドの上に突っ伏してしまった。

何度も何度も容赦なく殴られたせいで、頭がふらふらする……。

にげなきゃ……、と思うのに、体がうまく動かない。

そのエリーの様子に気付いたのか、男が再びエリーの側に来たのを感じた。

「ようやく、おとなしくなったか。」

男の声が最終宣告のように聞こえ、エリーの頭が危険信号のように鳴り響き、心臓が破れるかと思うくらい激しく鳴った。

体から血の気が引き、寒気を感じた――。

恐怖と悔しさからかみしめた頬は、……血の味がした……。

破かれた胸元と、頬に質のあまり良くないシーツの感触を感じ、知らない男――目の前の嫌悪すべき男の汗の匂いがして……吐き気がする。

(助けて、ダグラス……。)

呼んだってムダなことは、わかっている。

けれど、心の中でダグラスに助けを求めることは止められなかった――。

瞳からあふれる涙がシーツを濡らす。

その時、背中にチリッとした痛みを感じた。

「っつ!」

痛いような、熱いような――。

2度、3度続け様に感じ、おそるおそる首を回して見た男の顔は、狂ったように目を爛々と輝かせ、愉悦の笑みを浮かべていた。

――その手に握るのは、ナイフ――。

「きゃあ!!」

先ほどから男は、服越しに僅かに切り傷を与える程度に振るっていたのだ――。

わざと、浅い傷をこれ見よがしにエリーにつけていく男が恐ろしくて、その恐怖が、なけなしのエリーの気力を削いでいき……、すでにエリーは、ただあえぐように息をすることしかできなかった――。



エリーの体の震えが大きくなるのを、男はゆがんだ笑みを浮かべた顔で見ていた。

なす術もなく、ただ恐怖に怯える、憎き聖騎士の大事な女。

その聖騎士が辿り付いたとき、この女の無残な姿を見せ付けてやれば、その聖騎士はどんな顔をするだろう?

(せいぜい、むごたらしく殺してやろう。)

その聖騎士の姿を想像するだけで、これ以上とないくらいの興奮を感じた。

あの時――。

以前のシュワルベ盗賊団が壊滅した時、あの憎い女の背後に控えていたのは、見まごうはずもない、ザールブルグで唯一といわれる、黒髪、黒い瞳を持つ、長身の男。

騎士の中の騎士とも言われる聖騎士の、さらに頂点を極める男だった。

聖騎士隊隊長――エンデルク・ヤード。

その身に纏っていた青い鎧を忘れた事はなかった。

そして、その男が、あの金の髪の女錬金術師に向けた表情を――。

ロッソは過去の思考を中断して、目の前で震える女に目を戻した。

欲を言えば、あの金の女を切り裂いてやりたいところだが、それでも、この女とこの女を想う聖騎士を痛めつけるで、かなり溜飲は下がるだろうと思った。

それに、相手が聖騎士だというだけで、エンデルクと同等の憎しみが募る。

(聖騎士など、根絶やしにしてやる。)

――そうだ。……を……ほど、ヤツラは殺している。

(仲間の恨みを思い知れ――。)

――今まで、自分たちがしてきたことを、後悔、するがいい……。

男の瞳が、どす黒い色に染まった……ように見えた――。

既に散々に切り裂いた、すでに拭くとして機能しないであろうオレンジ色の法衣の背中を大きく破くと、ビクリと女の全身が震えたのがわかった。

その白い華奢な背中には、男か今しがたつけた細い切り傷が無数に走り、そこから赤い血がにじんでいた。

その傷に指を這わすと、その指の感触からか、それとも、傷に対する痛みからか、女はまたビクリと体を震わせ、小さくうめきながら涙をながした。

散々ナイフで切りつけられたことに対する恐怖からか、すでに女は抵抗する気力を失ったようだった。

(……さっきまでのも面白くはあったんだがな。)

今まで見てきた女の中でも、最も強情だと思った女だったが、こうなれば、もう他の女と変わらない。

少しだけ物足りないような気はしたが、途中で止める気はサラサラなかった。

これはこれで、楽でいいとそう考え、ロッソはニヤリと笑った。



その、張り付いたような、人とは到底思えない、醜悪な表情に、エリーの背筋が凍る――。

この男は、いや、だ……。

普通、じゃ、ない……。

たすけて……。

ダグラス……。



【To be continued】



(05.07.23)



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