「……………………。」

シュワルベは、ようやく、襲い掛かってきた人間から聞き出した、盗賊団の根城を視界に捉えた。

結局、シュワルベが、魔物を使って襲い掛かってきた相手に名を名乗った後、ロッソにどう伝わったのか、それ以降、盗賊だけでなく、魔物にさえ襲われることなくこの場へとたどり着いていた。

「……何を考えている。」

シュワルベは、ただ、静かにつぶやいた――。



―――――――――



マリーの勢いに任せた強行軍に、ルーウェンは懸命についてくるアイゼルを気遣いながら、苦笑いしていた。

マリーの猪突猛進型の性格は、長年の付き合いから理解していたし、何より、確かに自分の感情で、周囲を巻き込み、時に(いや、多分に)多大な迷惑をこうむることもあるが、その根本にあるのは、自分のエゴによる感情ではなく、誰かを想う純粋な心だということを、マリーの周囲にいる人間は、きちんと理解していた。

今回も、一見暴走にしか見えないマリーの行動は、全てエリーのためなのだ。

だから、仕方がないのだが――。

ルーウェンは、そう考えながら、自分の斜め後ろを歩くアイゼルに、また目を向けた。

赤い顔をして、汗をかき、息もかなり上がっている様子だったが、それでも弱音など、決して吐こうとはしない。

一目で、疲労していることがわかる様子だったが、自分からついてくると言った手前、休みたいとはいえないのか、それとも、やはりマリーと同じで、エリーのことが気になって、休む時間も惜しいのか――。

ルーウェンが自分を見ていることに気づいたのか、アイゼルは顔を上げ、そして、ニコッと笑うと、また足元を見て懸命に歩く。

その様子に、エリーと似たところを感じて、ルーウェンが苦笑いを深めて、奥歯をかみ締める。

国境近くの村で、一晩ゆっくりしたあとは、盗賊の出没率が高いと言われる足場のあまり良くない、傾斜の急な街道を、ただひたすら、盗賊の出没を待って、じりじりと歩いていた。

普段なら、盗賊など、極力出会わないに越したことはない。

これほどまでに、盗賊の襲撃を心待ちにしたことなど、今まで、一度でもあっただろうか?

(いつ、現れる……?)

そう考えていたルーウェンは、何かが近づいてくる気配を感じた。

先頭を行くマリーの隣を特に疲れた様子もなく歩いていたミューも、ピクリと肩を震わせた。

マリーも気づいたようで空を見上げた。

「あ――。」

3人より少し遅れてアイゼルが空を見上げたとき、アイゼルに向かって何かが飛び込んできた。

まったく気づいてなかったらしいサイードは、驚いたように目を見開いた。

「『声をきかせて』!!」

マリーが叫んだ。

それは、遠くにいる人に、自分の声を送るアイテムだった。

ザールブルグから飛んできたらしいそのアイテムは、アイゼルに向かって言った。

「盗賊のアジトは、国境の山の南東、中腹辺りにある岩窟だそうです。アイゼル、くれぐれも気をつけて。……みんなが元気に帰ってくるのを、心待ちにしています。」

はっきりとした、ノルディスの声がそのアイテムから響いた。

全員の表情が引き締まる。

「ノルディス……。」

アイゼルは、愛しそうに、物を言わなくなったアイテムを見つめる。

「……ノルディス、どうやって、それを知ったんだ?」

首をかしげるルーウェンをよそに、マリーの瞳は輝いた。

「でかした! ノルディス君!!」

そう言うと、マリーはその場で地図を広げた。

その周囲に全員が集まる。

現在地から、その場所へ行く最短の道を考える。

「山、つっきったら一番早いな。」

「そうだねえ。」

「それでは、決定ですね。」

「あったりまえ! 行くわよ!!」

ルーウェン、ミュー、アイゼル、マリーの4人が納得して、決定したが。

「待ってくださいよ!! こんなとこ無理です!! 街道に沿って進んで、道なりに入りましょう!!」

サイードが、ひとり反論するように叫んだが――。

「「「「却下。」」」」

4人が一言のもとに切り捨てる。

そうして、5人は、山へと足を踏み入れた――。



―――――――――



「いや……。」

消えそうなほど、か細い声でロッソを否定するエリーを、面白そうに見ながら、ロッソはその小柄な体に手をかけようとした――が。

「……頭。お楽しみのところすいません。」

ドアの向こうから、手下の声がして、ロッソは舌打ちしながらそちらに答えた。

「何だ!」

明らかに不機嫌そうな声に、手下がひるんだ気配がした。

「あの……、魔物を与えた隊のヤツが戻ってきまして、その……。」

ドアの向こうの歯切れの悪い手下の声に、今から楽しもうとしていたところを邪魔された以上に、気が立ってくる。

「さっさと言え!」

「はい! すんません!!」

ドアの向こうで、手下が飛び上がったのがわかった。

「戻ってきたヤツの話ですと、たった一人に一隊がやられちまったとか。そんで、そいつがお頭をロッソと言って、名前を――。」

バンッという音とともに、手下の目の前、ロッソの部屋のドアが勢いよく開けられた。

驚いたように後ろへ飛び退こうとした手下の襟元をつかみあげ、ロッソはギラギラとした瞳で睨みつけた。

「……か、かしら……?」

その剣幕に、自分が何をしたのか解らない手下は、怯えの混じった顔でロッソを見る。

「そいつの名は!?」

「は……?」

どうしてそんなに殺気立っているのか、全くわからない手下が、呆然としていると、更にロッソは襟元を締め上げてきた。

「さっさといわねえか!!」

「ひっ……!!」

手下は、その剣幕に怯え、締められた襟元の所為で、喉が締まりかけていたが必死で答えようとした。

「シュ……、シュワルベ……って、名乗……ったらしい……です。」

それを聞いたとたん、ロッソは、手から力が抜け、浮き上がりかけ、足から力が抜けかけていた手下は、その場にしりもちをついた。

そうして、漸く肺に取り込めるようになった新鮮な空気を、必死で吸いながら、むせ返った。

ロッソはその間、手下から告げられた名前を反芻し、そして漸く脳まで届いたかのように、顔に喜色を浮かべた。

「ゴーザ!」

「はい、ここに。」

そうして、ロッソは腹心の部下の名を呼ぶと、その男を歓待するように命じた。

「歓迎の仕方を間違えんじゃねえぞ! 食いもんと、酒を用意しとけ! そんから、おまえ!」

「は、はい!」

まだ地べたに座り込んだまま、むせていた手下が、慌てたように返事をした。

「おまえは、この部屋を見張ってろ。……女を逃がすんじゃねえぞ!」

「はい!」

手下は、飛び上がって頷いた。

それを確認すると、ロッソは部屋を出て、ニヤリと笑いながら、どこかへと歩いていった――。



ロッソが出て行った部屋で、エリーは一人、放心したように倒れていた。

(助かった……?)

まだ、わからない。

すぐに、男が戻ってこないとは限らない。

それでも――。

「よか……った……。」

ポツリとそうつぶやくと、エリーはそのまま、全身の力が抜けていくのを感じ、そうして意識を失ったのだった――。



【To be continued】



(05.07.26)


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