「お待ちしておりました。」

盗賊団のアジトに、臆することなく歩んでくる相手に、盗賊団の明らかに幹部クラスと思われる相手が、挨拶をしてきた。

その様子に、シュワルベが眉をひそめる。

「頭がお待ちで。」

その男は、シュワルベが全く言葉を発しないことにも大して気にした様子もなく、ただ、シュワルベに中へ入るようにと進めてきた。

「………………。」

シュワルベは、この待遇が、胡散臭いことは重々承知の上で、黙って男についていった。

洞窟の中、すれ違う盗賊の下っ端どもは、あからさまにシュワルベに不審の目を向けており、殺気立っているものも少なくはなかった。

だが、シュワルベはその視線もものともせず、ただ、黙って案内役の男の後ろを歩いていた。

「頭! お久しぶりです!!」

通された、ほかの場所よりはあきらかに程度の違う部屋で、シュワルベはロッソと対面した。

見た感じ、別れた当時とほとんど雰囲気は変わっていないように思えたが、シュワルベの勘が、何かを訴えていた。

「……………。」

「頭の名を勝手に使ったことは、申し訳ないと思ってます! ですが、ぜひとも、頭に俺達の頭に復帰してもらいたいんで――。」

「…………。……俺は、足を洗った。そのことは、おまえも納得していたはずだが。」

「……まだ、そんなことをおっしゃってるんですか? 確かに、あのとき、あの女に、やられたことはもう忘れて、新たに組織を組みましょうや。」

「……………。」

あの時、マリーにやられたのは、確かに自分にとってかなりの不覚ではあったが、それに対して、怨むような気は全くない。

むしろ、あの時、マリーが自分に正面からかかって来て、そうして打ち負かしてくれたことを、今は、良かったと思っている。

――もちろん、そんなことを、口に出すつもりは全くないが。

しばらくの沈黙の後、シュワルベに、苛立ちを感じてきたのか、ロッソの目つきは剣呑になってきた。

「……頭。」

「…………。」

「頭!」

ロッソの声に、シュワルベは眉をしかめた。

「……おれは、もう、盗賊をやる気はない。」

「……そんな……。」

静かだが、強い意志をもった言葉でそう言われて、ロッソが悔しそうにうつむいた――。

「それじゃ、俺は、何のために――。」

うつむきながら、ブツブツとつぶやきだしたロッソに、シュワルベは静かだが、明らかに怒りを称えた瞳で見ていたが――。

次に聞こえた声に、全身に緊張が走るのを感じた。

『ふん、腰抜けが。……所詮、人間というものは……。』

「!?」

確かに、目の前で項垂れるロッソから聞こえるその声は……しかし、ロッソの声とは似ても似つかない、どこか闇の中からうめくような、不快な響きを持っていた。

次の瞬間、シュワルベは今まで立っていた場所から飛び退いた。

今までシュワルベが立っていた場所には、何か、黒い、影のようなものがあった。

それは、ウネウネと動き、そのままシュワルベに飛び掛ってくる。

冷静に剣を抜き、なぎ払うとそれは壁の影の中へと溶けるように消えていった。

「……………。」

それについて考える間もなく、ロッソであるはずの目の前の男から、次々とその黒い何かが飛び出してくる。

シュワルベはそのいくつかを同じようになぎ払い、すばやくその部屋から――、ロッソの前から一度離れることにした。

「……何だ。あれは……?」

洞窟内を走り抜けるシュワルベに、ロッソからの命令が届いたのか、ロッソの部下達が手当たり次第に襲い掛かってきた。

それを次から次へと、切り払いながら、シュワルベはわざと洞窟の奥へと進んでいった。

そうして、ある程度盗賊たちを引き離したあと、持っていた爆弾を投げつける。

アジトが岩穴であるせいで、崩れることを畏れた盗賊たちは、その爆弾に驚き、右へ左へと逃げ回る。

案の定、もろかった部分が落石したらしく、盗賊たちの悲鳴が聞こえた。

ちょうど、足止めが出来た事を確認すると、シュワルベはその隙に、どんどん奥へと進んだ。

さらに、おまけとばかりに、効力の比較的弱いクラフトをばら撒きながら進むと、背後で、また爆発する音が聞こえ、岩壁が振動で揺れ、パラパラと細かい土やら石やらが降ってくる。

シュワルベは、洞窟の最奥を目指していた。

こう言った洞窟を拠点とする盗賊団は、多かれ少なかれ、戦利品を最奥に保管しているであろうことを、シュワルベは経験上知っていた。

だから、この盗賊団に攫われた筈の女たちがいるとすれば、そこだと思ったのだ。

だが、途中、ある部屋の前に来たとき、他の部屋にはいない見張りがいることを、少しばかり不審に思い、シュワルベは見張りを片付けてその中へと足を踏み入れた。

そこは、おそらく、盗賊団の誰かの部屋と思われる家具類が置いてあり、そのベッドには……ボロボロに切り裂かれた服を纏った女性――、いや、少女かもしれない、が、ぐったりと横たわっていた。

「…………。」

ほとんど足音も立てず、そっと近づいたシュワルベの気配を感じたのか、気を失っていると思っていたその少女は、ビクリと体を震わせて、叫んだ。

「イヤア――!!!」

そうして、とっさにつかんだらしい枕をシュワルベに向かって投げつけて、震える体を無理やり動かし、シュワルベから少しでも遠ざかろうとして――。

「……っ!」

うめいた。

見れば、少女の頬は散々殴られたらしく赤くはれ上がっており、背中には、ナイフで切りつけたらしい、真新しい無数の傷があり、そこから血が流れていた。

シュワルベは眉をひそめた。

抵抗できな少女を、いたぶっていたのだ、――ロッソは……。

「……………動くな。」

その言葉に、少女はまた、大きく体を震わせて泣き出した。

「いや……。」

「…………。」

そう、よわよわしくつぶやく少女には、おそらく、シュワルベは盗賊の仲間にしか見えないのだろう。

……仕方のない事だが。

シュワルベがゆっくりと近づこうとすると、少女は後ろへと下がり――。

「ダグラス、ダグラス、ダグラス、ダグラス――!!!!!!」

少女は、誰か――、おそらく、少女にとって、今一番、会いたい人物に助けを求めた。

(……ダグラス?)

どこかで、聞いた名前だと思った。

それも、つい最近――。

「……ダグラス・マクレイン……?」

ポツリとつぶやいたシュワルベの声に、少女は反応した。

「……え?」

涙に濡れた大きな茶色の瞳が、ようやく、シュワルベを正面から捉えた。

「……おれは、やつらの仲間ではない。」

言いながら、シュワルベは自分のマントをはずすと、少女に頭からかぶせてやった。

「その、ダグラスと言うヤツ、このすぐ近くまで来ている。」

少女は、自分にかぶせられたシュワルベのマントをしっかりと握り締め、シュワルベの顔を凝視していた。

「……来い。」

言うなり、シュワルベは少女を抱き上げると、部屋から出た。

急に抱き上げられた驚きと、……おそらく恐怖に固まった少女は、顔をこわばらせ、身を固くした。

その少女を、先ほどの部屋から3つ程はなれた部屋の中へ連れ込むと、その部屋にちょうどあった机の下へ入るように指示した。

「ここに隠れていろ。」

それだけを言うと、シュワルベは廊下へとまた踊り出た。

それからしばらく進むと、ようやく、障害物を片付けたらしい盗賊たちが、駆けつけてきた。

「きさま、よくも――!!」

怒りに燃えてかかって来る盗賊たちをものともせず、シュワルベはさらに進み、ようやく目的の場所へと辿り付いた。

「……やはりな。」

そこには、格子の向こうで、先ほどからの爆発音に、怯え、何が起こったのかわからないままに、身を寄せ合って震えている女たちがいた。

シュワルベは、格子にかかっている錠を、即座に壊すと、女たちに外へ出るように促した。

最初はシュワルベを警戒していたらしい女たちも、勇気を振り絞ったひとりに続き、全員が立ち上がった。

その女たちに自分に続くように言うと、シュワルベはまた来た道を戻り始めた。

駆けつけてくる盗賊たちを切り捨て、いくらも進まない場所で、通路の真中に立つ男の姿をとらえた。

「……ロッソ……。」

つぶやいたシュワルベの声に反応したように、ロッソ――、いや、ロッソの姿をした何かが、ニタリと笑った。

『聖騎士の女をどこへやった?』

「……さあな。」

そう答えたシュワルベの後ろの女たちが、息を呑み、全員が表情をこわばらせたのを感じた。

『まあいい。おまえから殺してやる。』

「……………。」

そう言うと、ロッソの姿をした何かは、シュワルベに向かって切りかかってきた。

シュワルベはその一撃をかわし、ロッソの体を思い切り蹴り飛ばした。

「今のうちに行け!」

シュワルベの声に、恐怖で震えていた女たちが、ハッと気が付いたかのように走り出した。

その中のひとりに、シュワルベは持っていた道具袋をすばやく渡す。

「これを使え。」

その女がコクリと頷くのを確認すると、後から後からやってくる盗賊たちの中へとシュワルベは立ちふさがった。

「……死にたい者から、かかってくるがいい。」

「ふんっ! バカな野郎だ。あの女どもが無事にここから逃げられるわけがない。」

シュワルベに進路を妨害された男たちが、シュワルベを蔑むような笑みを浮かべながらそう言ったとき――、シュワルベの首筋が、ゾワリとした。

「!?」

次の瞬間、どこから沸いてきたのかわからない、無数の魔物たちがあたりを取り囲んでいた。

「な!?」

「か、頭!?」

驚いたのは盗賊たちも同様のようで、慌てて、先ほどまで頭がいた場所を振り向いたが――。

「ひい!!」

「か、頭……。ぎ、ぎゃあああああ―――!!!!」

そこにいたのは――。

「――魔族……。」

つぶやいたシュワルベの声は、盗賊たちの悲鳴や、爆発音の響く洞窟の中で、静かに響いたのだった――。

そのシュワルベの声は、爆発音の響く洞窟の中でさえ、静かに盗賊たちの耳に響いた――。



【To be continued】



(05.08.03)



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