ドオオオオオォォォォォ―――ン!!!!
――ワー!!
――あっちへ行ったぞ!!
――追え! 逃がすな!!
……………。
森の中をひたすら、盗賊団のアジトへ向かい進んできたダグラスたちの耳に、遠くから、明らかに爆発音と思われる音と、それが引き起こしたであろう地鳴り、そして、人の慌てたような、争うような声が聞こえてきた。
ウルリッヒは、同行している青年に目を向けた。
青年――ダグラスは、険しい表情をしたまま、音が聞こえてきたであろう方向を見ていた。
「急ごう。」
そうして、ダグラスは一言つぶやくと、ウルリッヒたちの方を見向きもせずに、音をたよりに走り始めた。
人がめったに踏み込まないような、未開の森の中。
草木は生い茂り、土も踏み固められてはいない。
不揃いに延びた木々は、まっすく歩ませることを不可能にし、木の枝や草から伸びる蔓は、一歩ごとに、足を捕まえようとする。
二本の足だけを頼りに歩く人間には、到底歩きやすいとは言えない道を、慎重に進んできた3人だったが、そういった自然の障害物は目標が定められた時点で、すでにダグラスにとって、目もくれることのない、意味のない物になったようだった。
先ほどまでとは全く違う、確かなしっかりとした足取りで突き進むダグラスを、ウルリッヒとリリーは一瞬だけ目を合わせ、苦笑して後を追った。
3人がたどり着いたとき、『そこ』は、混乱の局地に陥っていた。
何か、わけのわからないことを叫びながら飛び出してくるもの。
逆に、武器を手に、岩肌にぽっかりと開いた洞窟の中へと、飛び込んでいくもの。
洞窟の中からは、もうもうと土煙が上がり、視界もはっきりは開けてはいないようだった。
それでも、全くかまう事などなく、ダグラスはその混乱の最中へと飛び込んでいった。
「待て! ダグラス。」
ウルリッヒが止める声など、すでにダグラスの耳には届いていない。
ダグラスの頭の中を占めるのは、エリーのことだけだった。
盗賊たちのアジトで、一体何が起こったのか、ダグラスにはわからなかった。
だが、何より重要なことは――。
「エリー!! どこだ――!!!」
エリーの、無事だけだった。
目の前を立ち塞ぐ男たちを、次から次へと切り伏せて、ダグラスは洞窟の奥へと進む。
驚いたのは、他でもない盗賊たちだった。
ただでさえ、たった一人の侵入者にてこずっていたところへ、更に、外から容赦のない強さの男たちが押し入ってきたのだ。
「なんだ、キサマラ――!!」
「アイツの仲間か!?」
口々に叫びながら、これ以上奥へは進めまいとして、ダグラスの進路を立ち塞ぐ。
「命が惜しいヤツは退け――!!!!」
ダグラスの低い怒号が洞窟の中に響き渡り、振動する。
その気迫に飲まれた者達は、凍りついたように、その場に硬直した。
そんな男たちには目もくれず、あくまで、剣を向けてくる相手を切り捨てながら、ダグラスは奥へ奥へと進んでいった。
ウルリッヒとリリーは、そのダグラスの剣幕に驚きながらも、その後をついていき、一瞬凍りつき、次に動き出し、ダグラスを追おうとする盗賊たちを片付ける。
「……ウルリッヒさま。」
「……なんだ?」
「……ダグラスは、危険、ですね。」
「……ああ。」
リリーの言葉に、ウルリッヒは頷いた。
『危険』だ。
誰に対して、何に対してではない。
『ダグラス』自身に対して――。
ダグラスは、自分のことも、周囲のことも、何も考えていない。
おそらく、彼の頭の中にあるのは、『エリー』という存在だけ。
もし、『ダグラス』が、『エリー』という存在を失ったとき――。
『ダグラス』という存在もまた、この世から、消えてしまうかもしれない。
そう、思わざるを得ない、――危うさがあった。
ウルリッヒとリリーは、もう一度顔を見合わせると、どちらからともなく足を速めた。
自分たちは、『ダグラス』という青年を、たった数日間しか知らない。
その間も、彼の心は彼の元になく、おそらく自分たちが知っている『彼』は、本来の『彼』ではなかったのだろう。
けれど、そのような状態でさえ、ウルリッヒとリリーの2人に、こんなところで失わせるには惜しい人間であるということを感じさせていた。
『ダグラス』を、『エリー』を、失わせるわけにはいかない。
そのためにも、自分たちは急ぐしかないのだ。
2人は無言のまま、襲い掛かる盗賊たちを次々に地面へ沈め、ダグラスの後を追い洞窟の奥へと進んでいった。
洞窟の中を、ただひたすら奥へと駆けるダグラスにとっては、すでに、敵の姿などただの目障りなハエに過ぎなかった。
だが、それでも、数が多ければ多少の手間になり、イライラする。
しかしその姿は、唐突にふっつりとなくなった。
そうして、思わず足を止めた。
「………………。」
後ろから、ウルリッヒとリリーが駆けつけてくるのを感じながら、ダグラスは、この奥から、何か、得体の知れない空気が流れているのを感じていた。
「……ダグラス。」
「……………。」
ダグラスは、追いついてきたウルリッヒの言葉に返事をすることなく、ただ、ちらりと目線で反応した。
「……おかしいと思わないか?」
「……ああ。」
解っていた。
この洞窟の奥に、何かいる。
ただの盗賊などではない。
ダグラスの騎士として――、いや、戦士としての勘が、何かを訴えてくる。
何か、今までに感じた事のない不気味な気配がする。
それでも――。
「……行く。」
改めて、そう言ったダグラスの視界に、女たちの集団が何かに追い立てられるかのように走って来るのが映った。
その女性たちを引きとめ、どうやって逃げ出せたのか、状況を尋ねた。。
たった1人の冒険者が、彼女たちを解放し、逃がしてくれたのだと。
「聖騎士さま!! 彼を、助けてください!!」
青い鎧がザールブルグの聖騎士の証であると、見知っていた、女性の1人がそう言った。
「……ああ。」
そう答えたダグラスに安心したのか、リリーが先導することにした女性たちは、そのまま、外へと向かっていった。
後に残されたのは、ダグラスとウルリッヒ。
ウルリッヒは今まで以上に気を引き締めて、足を進めようとしたが――。
「……どうした、ダグラス。」
ダグラスが、立ち止まったまま、動かないことに気がついた。
「あ……、ああ……。」
ウルリッヒの声に反応したダグラスの様子がおかしい。
返事はしたものの、ウルリッヒの存在を忘れてしまったかのように、ただそこに突っ立っている。
その表情はどこか、呆然と、ただ中空を見つめていた。
そして、ダグラスの握り締めた手が――震えていた。
「……ダグラス。」
「………………。」
「ダグラス!」
様子のおかしいダグラスの肩に手を置き、少し怒鳴るように声を荒げてダグラスを呼ぶウルリッヒに、ダグラスは漸くはっと気がついたかのような表情で、まともに焦点を合わせてきた。
その顔色は、薄暗い洞窟の中でもはっきりとわかるくらいに青ざめていた。
「――!!」
ウルリッヒはやっと理解した。
あの、女性の集団の中に、ダグラスの求める女性がいなかったのだ。
「ダグラス。」
気遣うように、名前を呼んだウルリッヒに、ダグラスは、唇を噛み締め、きっときつい視線を向けてきた。
唇の端から、血がにじんでいた。
「ダ――。」
「行くぞ。」
再度声をかけようとしたウルリッヒの言葉を遮り、ダグラスはそう言うと、ウルリッヒの返事を待つこともなく、駆け出した。
「…………。」
ウルリッヒも、言う言葉が見つからず、ただ、ダグラスの背中を追った。
そのダグラスの背中が、先ほどまでより、一回り小さいような、そんな気がした――。
【To be continued】