盗賊団の人間たちは、ロッソの変わり果てた姿に怯え、おののき、侵入者を排除することなど頭から綺麗さっぱり消えうせた。
そして、わけのわからない悲鳴をあげながら、その場を逃げ出そうとしたが――。
「なぜ、逃げる?」
その声とともに、ロッソであった何かから、黒いものが飛び散り、逃げようと背中を向けた盗賊たちにはりついた――ように見えた。
「………………。」
その、黒い何かが体に付着した盗賊たちは、見る見る生気が抜けていった。
その様を、シュワルベは、じっと見ていた。
盗賊たちは、一度ガクリと膝をついたかと思うと、次に立ち上がり、全員が操られたかのように、シュワルベの方へと襲い掛かってきた。
「…………。」
なんとなく、予想が出来ていたシュワルベは、特に慌てることもなく、襲い掛かってくる盗賊たちを次々と切り倒した。
「……すでに、人間ではなかったのか。」
「ひどいなあ、お頭。俺の何処が人間じゃないってんですか?」
「………………………。」
目の前にいるのは、かつて、ロッソという人間であったもの。
すでに、人間ではありえないもの。
シュワルベは黙って剣を構えた。
「…………………。」
すでに、シュワルベの前には、ロッソであった何かが残るのみだった。
「……おまえは、何だ。」
シュワルベの言葉に、ロッソの顔がニヤリと笑ったのがわかった。
「ひどいよなあ、ロッソだろう? お頭。」
「違う。」
一言の元に切り捨てた言葉に、ロッソであった何かは、とても楽しそうに笑った。
「ひどいなあ、ひどいなあ。おれは、お頭をこんなにも敬愛してるのに。」
言葉とともに、シュワルベにロッソの背後に浮き上がる黒い何かが襲い掛かってくる。
「…………………。」
その何かを避けながら、ロッソであった何かに向かって切りかかる。
意外にも、あっさりシュワルベの剣がその体に突き刺さり――。
「――!!」
シュワルベは瞬時に剣を握ったまま、後ろへと飛び退いた。
その瞬間、シュワルベがいた場所は、黒い影に飲み込まれた。
『へえ〜〜〜。相変わらず、勘が鋭いなあ〜〜。』
すでに、それは、ロッソの声ではなくなっていた。
あの、最初に会った部屋で、シュワルベに、警戒心と不快感を呼び起こさせた、地底から響くような、不気味な声が、した。
「……おまえは、何だ?」
同じ質問を繰り返すシュワルベに、ロッソであった何かもまた、同じ答えを返してきた。
『だから、ロッソだぜ? お頭。』
あくまで、自分はロッソだと言い張る、目の前の何かに、シュワルベはため息をついた。
もう、正体など、どうでもいいことだと思考を切り替えた。
目の前の『ロッソ』は、『倒すべきもの』なのだと――。
シュワルベは、一瞬だけ目を閉じ、次に目を開いた瞬間、『ロッソ』に向かって、剣を繰り出したのだった。
――――――――――
『誰か』が、この奥で、『何か』と戦っている。
「……何か、人ではないものがいる。」
「わかっている。」
ウルリッヒの言葉に、ダグラスが睨むように言い返した。
ダグラスの背後から、青白い怒りの炎が見えた。
「……その意気だ。」
精神的にどれほどのダメージを受けたかは、本人にしかわからない。
だが、大切な者を失ったショックで、全てを放棄してしまいたくなる人間は多い。
かつての自分も、ある意味それに近いところがあった。
だからこそ――。
(怒っていろ。)
怒りは、行動の源となる。
行動すれば、何かが変わる。
立ち止まっては、もう、本当にすべてが終わってしまうのだ。
まだ、最悪の事態をこの目で見たわけではない。
だからこそ、少しでも可能性はある。
今、行動を止めてはいけないのだ。
ふっと笑ったウルリッヒの表情に気付かないまま、ダグラスはその場所へと飛び込んでいった。
「…………………。」
シュワルベは、苦戦していた。
もっとも、初めから容易くたおせる相手だとは考えていない。
最悪、自分が倒されてしまうことも、考えていないわけではなかった。
だが――。
「…………。」
今はまだ、ここで、自分は、死ぬわけにはいかない。
得体の知れない、『ロッソ』は、シュワルベの体力を削ることが目的であるかのように、正体不明の黒い物体を絶え間なくシュワルベにぶつけてくる。
それを、1つ1つ跳ね除ける。
この黒い何かに触れれば、盗賊の手下たちのように、『ロッソ』の思い通りに操られてしまう。
――それは、避けたい。
そのとき――。
はっと、シュワルベは、目の前の敵とは違う気配を感じて、そちらに一瞬だけ注意を向けた。
「シュベート・ストライク!!」
「グガアアアアア――――!!!」
シュワルベ相手に余裕の表情を浮かべ、油断していた『ロッソ』は、いきなり現れた人間に対しての対応が遅れたようだった。
「グウウウウウウ……。」
獣のようなうめき声を揚げながら、『ロッソ』は、いきなりの襲撃者に恨みの表情を向けた。
『ロッソ』に太刀を浴びせたのは、ついこの間、森の中でシュワルベが出会った聖騎士だった。
その聖騎士――ダグラスは、必殺技を浴びせた勢いのまま、シュワルベの隣へと足をついた。
そうして、一瞬だけ、シュワルベと視線を交差させた。
『オノレ……。オノレ――!!!!! ――聖騎士めが――!!!!!!!』
自分に太刀を浴びせた相手が、青い鎧を纏った聖騎士であることを見て取った『ロッソ』は、そう叫ぶと、その場に砂屑のように崩れた。
「………………。」
「何!?」
そのあまりにもあっけない様子に、ダグラスのほうが面食らったように、叫んだ。
「油断するな!」
次に叫んだのは、ダグラスが飛び込んできた方向――、ダグラスの後ろにいたらしい壮年の男だった。
砂屑となって崩れ落ちた『ロッソ』が、今度は『ロッソ』とは似ても似つかない、巨大な黒い影の塊となって、そこに膨れ上がった。
次の瞬間、その影から黒い塊が四散した。
「クッ!」
「チィ!!」
「……。」
3人とも、身を翻すことで、その塊を避けた。
『キサマラ――! ここから、生きては返さん――!!!!』
黒い影の塊から発せられた、この世のものとは思いにくい『音』。
その『音』が、洞窟全体を揺るがしたかのように振動が起こった。
足元が不安定に大きく揺られ、もろかった岩盤が天井からゴロゴロと降ってくる。
それに気をとられたらしいダグラスが、大きくたたらを踏むのを、シュワルベは視界の端で捉え――。
そして、そのダグラスの背後で、黒い人影が動いたのに気付いた――。
「ダグラス!」
叫んだのは、壮年の男――ウルリッヒか、シュワルベか。
「!?」
次の瞬間、ダグラスは、立っていた場所から3メートルばかり離れた岩壁にまで吹き飛ばされていた。
――シュワルベの手によって……。
「っ! 何――!?」
背中をしたたか打ちつけた痛みをこらえて、目を開いたダグラスが見たものは――。
「ザッツ――!!!」
細身の剣を、腹部あたりに突き刺さされ、貫通した、シュワルベの姿だった――。
「っ……。」
失敗した。
シュワルベは、舌打ちした。
急所はかろうじて避けたものの、貫通した傷は、決して楽観できるものではないことが、わかった。
ダグラスを庇ったのは、無意識だった。
……何故、自分は、たった一度剣をかわしただけの相手を、庇ってしまったのか――。
『よくやった、ゴーザ。』
地響きを引き起すような声とともに、シュワルベを貫いていた剣が引き抜かれた。
気配を消し、『ロッソ』が起こした地鳴りにまぎれて背後からダグラスを狙っていたのは、シュワルベを『ロッソ』の前に案内した、あの、盗賊団の幹部と思われる男だった。
「――っ!!」
その痛み、熱さに、シュワルベは小さくうめき、ガクリと膝をついた。
「はい、わが主。」
ゴーザと呼ばれた男は、そう、答えた。
【To be continued】