「もう! この洞窟、どんだけ広いのよ!!」
洞窟に向かっていつものように元気に文句を言うマリーも、内心、穏やかではありえなかった。
エリーがいない。
エリーがいない。
最悪の事態が頭に浮かび、慌ててマリーは頭を振って、その考えを打ち消した。
それでも、じりじりと焦燥が大きくなる。
自分でさえこうなのだ。
こんなこと、比べることではないと解ってはいるけれど――。
「……ダグラス。自暴自棄になんかなってないでよ。」
ダグラスも心配だった。
ただでさえ、急いでいる足を、更に速める。
敵は、入り口付近で遭遇して以来、洞窟の奥へ進めば進むほど、その数が減っていた。
だが、それが、よい状況ではありえないことに、マリーは気がついていた。
「……なんなのよ、この気配……。」
かつて、エアフォルクの塔で、魔王と対峙したときと、同じくらい嫌な予感がする。
「……ありえないことじゃないの?」
魔王は、魔界で最も強大な力を持っていたからこそ、魔王を名乗っていたはずなのだ。
それに匹敵するほどの力の持ち主が、なぜ、人間界などにいるのか?
今の魔界は、キリーが治め、比較的平穏な治世が保たれているはずだ。
では、なぜ、こんなことが起こる?
「…………………。」
考えても解らないことだった。
どっちにしても、倒さなければならない相手なのだ。
マリーは思考を切り替える。
魔王を退治したときのパーティーメンバーは、エンデルクと、……キリーだった。
その2人は、ここにはいない。
ダグラスはそれに匹敵するくらいの力は持っているだろう。
だが、他は――?
マリーとダグラスだけで、この不気味な気配の相手を退治することができるのか?
ギリっと唇を噛み締める。
形のいい唇が切れ、錆びた鉄の味が口の中に広がる。
戦力不足――。
その言葉を痛感する。
まして、ダグラスが、現在もまだ、無傷でいるのかどうかも解らないのだ。
後ろから、2人の気配――ルーウェンと、もう1人、アイゼルらしい気配が追いかけてくるのは感じられる。
だが、ミューとサイードはいない。
おそらく、ルーウェンの指示で、あの女性達の護衛についていったのだろう。
そのこと自体は、よい判断だと思う。
マリーはまっすぐ前をみつめた。
危険だとわかっている。
けれど、退く気など、全く無かった。
「……面白い、じゃない……。」
そう言って、ニヤリと笑ったマリーの笑いは、見るものがいれば、おそらく背筋を凍らせるほど、恐ろしいものだった。
―――――――――――
ダグラスは、目の前の化け物を見ていた。
おそらく、魔物の一種なのだろうが、今までに見たことも聞いたこともないものだった。
だが、わかる。
尋常ではないくらいに、――強い。
あの、海龍と対峙したときでさえ、こんな感覚は覚えなかった。
ひとまず陣形を整えるためにも、ダグラスはウルリッヒとザッツの近くへと移動した。
「……気後れは、していないようだな。」
ウルリッヒの言葉に、ダグラスはじろっと睨みつけた。
強いものを前にして、精神が高揚することはあっても、怖気づく事など、ダグラスにとっては、考えられないことだった。
「誰が!」
ましてや、この目の前の魔物は、……エリーの敵かもしれないのだ。
ザワリ……。
考えた自らの言葉に、全身が震える。
目の前の魔物に対する怯えでも、武者震いでもないことくらい、自分が一番わかっていた。
エリーを失ったかもしれないということ自体が、ダグラスに恐怖を与える。
心臓が、痛いほどに脈を打つ……。
全身の血が、沸騰するかと思うくらい、熱く感じる。
自然と、呼吸が荒くなるのを感じた。
まだ、エリーの死が、確定したわけではない。
話を聞いたわけでも、ましてや、死体を見たわけでもないのだ。
(エリーは生きている。)
生きて、どこかで助けを待っているのだと、ダグラスは自分に言い聞かせた。
魔物は、ダグラスとウルリッヒ、そしてザッツが体勢を整えた直後に、襲いかかかってきた。
影から作り出したかのように見えた、槍を構え、ダグラスたちに襲い掛かる。
それをかわし、または正面から受け止め、大ダメージを避ける。
負傷しているザッツは、やはり動きが鈍くなり、思うように攻撃を与えることも避けることもできず、その歯がゆさからか、それとも痛みからか、顔をゆがませていた。
「ザッツ! おまえは退いていろ!!」
ダグラスの言葉に、ザッツは別の意味で顔をしかめた。
「……おまえに心配される謂れはない。」
それとほとんど同時に、魔物の方があざけるように笑い声をあげた。
『はーっはっはっは!!! かつて、自分の盗賊団をつぶした聖騎士に、その身の心配をされているとはなあ!! なさけねえなあ〜!!!!!』
「…………………。」
ザッツは、その言葉には反応しなかった。
「……どういうことだ?」
「……言葉のままだ。」
一言だけ言うと、ザッツは剣を構えなおし、魔物に向かって飛び掛った。
魔物の黒い槍がそれを受け止める。
「……ロッソの記憶を取り込んでいるのか……。」
『言っただろ? おれは、ロッソだ。そして、レイス様さ!!』
黒い巨人は、言いながら、ザッツを弾き飛ばした。
「――!!」
その力に逆らわず、後ろへ飛んだはずのザッツに、さらに、背後から何かが襲いかかってきた。
「な!?」
ザッツ本人はもちろん、ウルリッヒも、ダグラスも気付かなかった。
目の前の魔物と、……同じ気配だったから――。
「な……ん、だ、と……?」
ザッツを背中から襲ったのは、影から生まれたらしい、こぶし大の石のようなものだった。
それが、いくつもいくつも湧き上がり、何時の間にか、周囲を取り囲んでいた。
シュワルベはそれを視認した後、一瞬、あの盗賊の手下たちと同じように操り人形にされたかと思ったが、どうやら、先ほどのものとは用途が違うのか、特にそんな様子がないことに、内心胸をなでおろした。
だが、状況は先ほどより明らかに悪かった。
どうやら、この、レイスという魔物は、影からいくらでも物体を生み出すことができるようだった。
そんな特殊技能を持つ魔物と、洞窟内で戦うことは、あきらかに間違いだ。
その上、ザッツは背中側から、ふいをつかれた所為で、あばらが何本かやられていた。
先ほどの貫通の傷からも血が止まらずに流れている。
そう経たない内に、動けなくなってしまうだろうことがわかっていた。
「…………。」
明らかに、自らの落ち度だと、シュワルベは自嘲する。
こんなことになるとは考えず、洞窟の奥で戦闘を始めてしまったこと自体、間違いだったのだ。
――だが、今更そんなことを言っていても事態は改善しない。
なんとかして、突破口を開き、このダグラスと、もう1人の人間、そして、途中の部屋に隠してきた女を、外へと逃がさなければならない。
――そう、しなければならない。
この間にも、レイスからの攻撃は絶え間なく行われ、ダグラスとウルリッヒは、それらをかわし、叩き落し、それぞれが奮闘していた。
この2人の強さは、疑いようがない。
しかし、この洞窟内においては、それも、どこまで通用するかわからない。
人間である以上、体力の消耗は避けられないのだから……。
「……!!」
そう考えながら、周囲の隙をうかがっていたシュワルベは、ある、懐かしい気配を感じた。
陳腐な言葉だが、確かに、今、この状況においては、救いの女神に感じられた。
ザッツの口元が、珍しくあがった。
「――っけえ!! メガフラム!! と、しびれ薬!!」
元気な叫び声と共に投げ込まれたものに、ダグラス、ウルリッヒは、大慌てで離脱し、息をとめた。
直後――。
ドッカーン――!!
ボンッ!!
尋常ならざる大爆発と、小さな爆発音を起こして、爆弾は爆発した。
【To be continued】