爆弾と同時に投げ込まれたしびれ薬のおかげで、レイスの動きが止まった。
「――っぶねえ! あぶねえだろ!!」
ダグラスの盛大な文句も意に返す様子はなく、堂々とその場に現れたのは、金の長い豊かな髪を揺らし、青い大きな瞳に、闘志をもやした美しい妙齢の女性だった。
「よし、効いてる!! 敵は、こいつね!!」
その怒りに燃え、あまりにも威風堂々とした様子に、ウルリッヒは一瞬あっけにとられた。
だが、次の瞬間、マリーの体中に装備された爆弾類の数々に気付いたウルリッヒは、この場の打開策を打ち出した。
「あれを、岩に埋めてくれ。」
マリーは、聞きなれない男の声に、少しばかり警戒を向けたが、ダグラスの頷く様子を見て、見方だと判断し、今度は――。
「テラフラム!?」
あせったのは、その場にいたダグラス。
その効力を身をもって知っている。
こんな洞窟の中で使ったら、自分たちまで危ない。
「待て!」
マリーが起こす爆発から、うまく逃げられるかわからない、負傷したザッツを助けるため行動しかけていたウルリッヒも、その爆弾を知っていたようで、慌てて止めに入る。
「何よ!? あんたが、やれって言ったんじゃない!!」
不服そうに文句を言うマリーに、ウルリッヒは唖然とした。
「マリーさん! せめて、ギガフラムにしてくれ!!」
ダグラスの声に、しぶしぶマリーが爆弾を取り替えたのをウルリッヒは見、側まで駆け寄ったザッツに尋ねた。
「この奥に、人は?」
「……いない。」
その言葉に、安堵して、ウルリッヒはマリーに合図した。
「頼む。」
「りょーかい!!」
威勢のいい返事が聞こえる。
「……………。」
無言のまま、ウルリッヒの手を借り立ち上がるザッツ。
その直後、マリーの強大な魔法力の力を借りて爆発したS効力のギガフラムは、見事にその場の天井を崩し、麻痺して動けなかったレイスを生き埋めにした。
「とりあえず、外へ。」
そう言ったウルリッヒの言葉に、「まだ、あれ、死んでないわよ!!」と不服そうに文句を言うマリーをダグラスが強引に引きずり、ようやく駆けつけてきたルーウェンとアイゼルもダグラスの促しにより、再び外へと向かった。
ウルリッヒの肩を借りて、最後尾を進んでいたザッツが、ある部屋の前で、ダグラスに引きずられているマリーに声をかけた。
「マルローネ!」
文句を言いながら、ダグラスに無理やり引きずられていたマリーが、いきなりフルネームで呼ばれたことに驚き、ぶんっと勢いよくザッツを振り向いた。
その様子に、今の今まで、ザッツの存在にマリーが気付いていなかったことを知り、ザッツ――シュワルベは苦笑した。
「シュワルベ!? あんた、何で、こんなとこに!?」
「シュワルベだって!?」
先頭を進んでいたルーウェンも驚いたように、振り返った。
「……話は後だ。……マルローネ、この部屋に女が1人いる。……連れて来い。」
あごでその部屋を示すシュワルベに、マリーが少し機嫌を損ねたように、睨みつけた。
「何で、命令されなきゃならないのよ!」
「待てよ。シュワルベ。急がなきゃいけないんだ。それは、男のほうがいいだろう。おれが行くよ。」
慌てて、けんか腰になるマリーをなだめて、ルーウェンが動こうとした。
「……女が行く方がいい。」
その言葉に、全員がハッと何かに気付いたような顔をした。
「……わかった。アイゼル!」
「はい、マリーさん。」
ルーウェンの隣にいたアイゼルが、マリーに声をかけられて即座に頷く。
そうして、2人はその部屋へと入っていった。
「……マリーさん。」
「……何?」
部屋へ一歩入った2人は、静かに部屋の中を見回した。
「……いないじゃない?」
マリーがポツリとつぶやいたとき、アイゼルがハッと気付いた。
「います。……机の、下です。」
そう言って、おそるおそる近づいたアイゼルは、声にならない悲鳴をあげ、口元を抑えた。
「アイゼル!?」
慌てて駆け寄ったマリーも息を呑んだ。
「……エリー……?」
そこには、マントらしい布にくるまり、気を失ったように倒れているエリーがいた。
殴られたらしい頬が、赤く腫れあがり、痛々しい。
「エリー……。エリー……!!」
それでも、生きていた。
生きていてくれたことが、アイゼルとマリーにとって、何よりのことだった。
思わずあふれた涙を止める術を知らず、アイゼルは気を失ったままのエリーを抱きしめた。
「エリー――!!」
「う……。」
アイゼルの声か、それとも抱きしめられた感触かに、エリーは気付き、身じろぎをした。
そうして、ゆっくりとあげられたまぶたの向こうには、アイゼルにはとうに見慣れた琥珀の瞳が揺れていた。
「エリー!!」
ギュッと抱きしめたアイゼルの力に、どこか痛んだのか、エリーがうめきながら顔をしかめた。
「あ、ご、ごめんなさい。」
慌てて手を緩めたアイゼルに、ようやく意識がはっきりしたらしいエリーが、驚いた表情を向けていた。
「ア、イ、ゼル……?」
「そうよ! エリー!!」
弱弱しいながらも、確かに自分の名前を呼んだエリーに、アイゼルは感激し、泣き笑いの表情になった。
「アイゼル? ……アイゼル!!」
エリーも、自分の見た相手が本物であるかを確かめるかのように、必死で腕を伸ばし、アイゼルをかき抱いた。
「エリー……。」
マリーも気遣うように声をかけ、そっとエリーの額を優しくなでた。
「マリー……さん?」
「そうよ。エリー……。……良かった。」
マリーも、エリーが生きていたことに対する喜びにあふれ、顔をくしゃっと歪めた。
そうして、そっと、エリーの腫れた頬を指でふれる。
「……っつ!」
とたん、痛みから顔をしかめたエリーに、マリーは慌てて指を引っ込め、エリーを傷つけた相手に、ふつふつと怒りが湧き上がるのを感じた。
「とにかく、ここを出ましょう。……話は、それからで――。」
言いかけたアイゼルは、今まで気付かなかった扉の向こうの喧騒に顔をしかめた。
「……あの門番。……何をしているのかしら?」
エリーの一応の無事を確かめられたことから、アイゼルの気持ちは少しだけ軽くなっており、その分、エリーを心配していたはずのダグラスのいつも通りの騒々しさに、少しばかり腹が立った。
ダグラスは、まだ、エリーの無事を知らないはずなのだ。
なのに、何をのんきに喧嘩などしているのだろうか――。
そう考えていたアイゼルの腕の中で、エリーがビクリと体を震わせた。
「エリー?」
慌てて覗き込んだエリーの顔色は、青ざめていた。
「どうしかしたの!?」
慌てたアイゼルの腕に、エリーはしがみついた。
「い……や……。いや、いや!」
「「エリー!?」」
アイゼルとマリーの声が揃った。
「いや!」
エリーはカタカタと震えながら、嫌だと繰り返す。
「……何が、いや、なの?」
エリーを怖がらせないよう、できるだけ優しくマリーが問い掛ける。
「……ダグラスに、見られたくない!!」
必死に、懇願するように、涙を流して訴えるエリーに、アイゼルは胸が苦しくなった。
「……エリー……。……何か、された?」
マリーの言葉に、アイゼルはエリーを抱きしめながら、キッとマリーを睨みつける。
「マリーさん!!」
「……エリー?」
アイゼルの抗議は聞き流し、真剣な表情でエリーに問い掛ける。
エリーは、ただ、うつむいて、首を横に振った。
その様子に、マリーも、アイゼルも、心底ホッと胸をなでおろした。
それなら、死の次に最悪の事態は、避けられたのだ。
「なら、どうして?」
続けて優しい声で問い掛けるマリーに、エリーは小さな声で答えた。
「……傷だらけだもん……。」
とたん、マリーの手が、エリーの頭をくしゃくしゃにかき混ぜた。
「何を心配してるのよ!! そんなことで、門番が退いたら、わたしが蹴り飛ばしてあげるわよ!!」
アイゼルは、憤慨したように叫んだ。
「そうよお。……それに、ダグラス君だって、エリーの無事なところ見たがると思うわよ? 彼、ものすごく心配してたんだから。」
アイゼルとマリーの言葉に、少しだけ落ち着いたのか、エリーは小さく笑った。
「……はい……。……でも……。」
「はいはい。わかりました。顔の腫れがひくまで、ダグラス君には声のみで対応ね。」
冗談っぽく、わざと場を明るくしようとするマリーの言い方と、その言葉に、漸く安心したのか、エリーは傷だらけの顔ですら可愛らしいとしかいえない、花のような笑みを浮かべた。
その顔に、今度こそ、本当に、マリーもアイゼルも心から安堵した。
【To be continued】