マリーとアイゼルが扉の向こうへ消えた直後、ダグラスがシュワルベの襟元を締め上げた。
「貴様! 貴様がシュワルベ盗賊団の頭だったのか!?」
「――ッ!!」
締め上げられたことで、傷が痛み、シュワルベがうめいた。
「ダグラス!」
注意するようなウルリッヒの声は、ダグラスの耳には届かなかった。
だが――。
「ダグラス!!」
後ろから、ゴンっと拳で殴られたことで、ダグラスは手緩め、後ろを振り向いた。
「ルーウェン!?」
抗議するようなダグラスの声は無視して、ルーウェンはダグラスの手からシュワルベを引き剥がした。
「……大丈夫か?」
「…………ああ。」
ルーウェンの声に、シュワルベが頷く。
「なんで、盗賊の親玉なんか、心配してんだよ!!」
「ダグラス! ……違う。」
「何が!?」
今にも、シュワルベに噛み付きそうな勢いのダグラスに、その前でシュワルベを庇うルーウェン。
「おちつけ、ダグラス。……冷静になれ。彼は、おまえを庇って負傷した。それを押しても、責めるべき相手だと?」
今にも暴れだしそうなダグラスを、抑えにかかっていたウルリッヒの言葉に、ダグラスは思い出したのか、ビクリと動きを止めた。
「……話は、あとからいくらでもすればいい。」
ウルリッヒの言葉に、一度は黙ったものの、それでも気の収まらないダグラスがまたシュワルベに詰め寄ろうとするのを、ウルリッヒが羽交い絞めにして止める。
「今は、それどころではないはずだろう!」
「ウルリッヒ! 離せ!!」
言いながら暴れるダグラスは、思い切りウルリッヒの足を蹴り上げ、一瞬ひるんだ相手から器用に体を抜き取った。
「……ダグラス!!」
相手が敵ではないことから、それ程気合を入れて抑えていなかったウルリッヒは、思わぬ反撃をくらった痛みに、顔をしかめた。
そのウルリッヒには目もくれず、ルーウェンを押しのけてシュワルベに掴みかかろうとして――。
「何してるのよ!? 門番!?」
唐突に聞こえてきた、普段どおりの馬鹿にしたようなアイゼルの呼び方に、ダグラスは、一瞬毒気を抜かれて、そちらを向いた。
そこには、3人の女性――。
「エリー……か?」
恐る恐る問い掛けた相手は、茶色っぽいマントのようなもので顔を半分まで隠したまま、潤んだ瞳でダグラスを見ていた。
そうして、コクンと首を縦に振った。
「エ――。」
リーと呼びかけ、ダグラスが駆け寄ろうとしたその瞬間、洞窟の奥のほうで、何かが崩れる音がし、同時に洞窟が大きく振動を始めた。
「……のんびりしすぎだ。……行くぞ。」
ウルリッヒの言葉に、全員が否もなく走り始めた。
自力ですばやく動けないシュワルベをルーウェンとウルリッヒが支え、エリーをダグラスが抱き上げ走りだした。
(ダグラスだ……。)
エリーはその胸元に抱きかかえられて、心からの安心を得た。
ダグラスが、ここにいる。
エリーに触れている。
……もう、二度と、会えないかとさえ思った。
(……ダグラス。)
何度、心の中で呼んでも呼び足らない。
ギュッと、両手をダグラスの首に回し、力をこめて抱きしめる。
ダグラスも、エリーを抱き返してくれた。
エリーは、顔の傷のみ、応急手当をしてもらい、それでも腫れあがったまま見せるよりはいいと、アイゼルに頼んで大きな湿布をはってもらっていた。
……背中の傷は見せていない。
まだ、ジクジクと痛む傷もあったが、それでも、こんな気持ちの悪い、無数の切り傷など、見られたくなかった。
幸い、早急に手当てが必要なほど深い傷がないことは解っていた。
だから、服が破れただけだと2人をごまかしたのだ。
顔も直視されないように、エリーもダグラスの顔を自分から覗き込もうとはしなかった。
……ダグラスの、青い瞳は見たかったけれど、それでも……。
(ここにいる。ダグラスがいる。)
それだけで、今は、とても満足だった。
総勢で7人に膨れ上がった一行は、漸く、日の光がさす、青空の下へと洞窟を抜け出した。
ダグラスは、エリーを抱えたまま、洞窟の入り口から離れた、くぼ地のようになっている場所へと走った。
少しでも、エリーを危険から遠ざけたかったのだ。
そうして、大きく葉を茂らせた、幹の太い木の根元へたどり着くと、エリーをそっと地面に降ろした。
木陰に降ろされたエリーは、ダグラスの手が離れていくのを、寂しく思った。
ダグラスは、そんなエリーには全く気付くことなく、洞窟の奥から現れるであろう魔物に対して意識を集中させていた。
ピリピリした空気が流れる。
地面はずっとなりつづけ、小さな振動を繰り返している。
そして、それは、間違いなく自分達が今脱出してきた洞窟の奥から響いてくるのだった――。
「来た!」
誰の声だったのだろう。
その声を合図としたかのように、黒い、影の塊が、ダグラスの目の前に飛び出してきた。
ズウウウウゥゥゥゥン――!!
「……!?」
「………………。」
その場にいたもの全てが、現れたロッソ――レイスと言った方が正しいであろうものの姿を見て、息を呑んだ。
地鳴りとともに、地面を大きく揺らしながら現れたのは、最後に見た黒い影のような人型より、さらに一回り以上は大きいであろう、4本足の獣の姿だった。
その獣の背には大きなこうもりのような羽があり、そして、大きく裂けた、犬科の獣のような突き出た口からは、鋭い牙が見えていた。
その獣は目、口、牙さえも、真っ黒で、その体には色というものを見出すことはできなかった。
だが、それだけなら、まだ魔物としては、特別奇異には映らなかったはず――。
その場にいる歴戦の戦士たちの言葉を失わせたのは、他でもなく、その姿はその歩みの引き起す振動からは想像も出来ないほどに、質量を感じさせず、しかも、陽炎のように、時たまその姿をゆらめかせていた。
……本当に、本体は別にあり、それは影なのだと言っても誰も疑わないものでしかなかった……。
「……一体、これは、何……?」
呆然としたようなアイゼルの声に、返事を返すものはいなかった……。
【To be continued】