皆が固まる中、ダグラスは、一瞬の驚きの後、誰よりも先にそのレイスに向かって切りかかっていった。

「くらえ――!!」

みごとな跳躍とともに、ダグラスの振るった聖騎士のつるぎは、間違いなく、レイスの喉元を切り裂いた――ように見えた。

「何!?」

次にその場に聞こえたのは、着地するより先に響いた、ダグラスの困惑の声。

そのダグラスの行動を見ていたその場の全員も、内心の困惑を隠すことができなかった。

レイスは、ダグラスの攻撃に対して、風にでも煽られたかのように、ほんの少しばかり揺らめいて、また元通りの形になった。

そして、その獣の口が、ダグラスを嘲笑うかのような歪みを見せたあと――。

「ム―ダ―だ―!!」

これもまた、鈍重さを感じさせる、低い響きを持つ、重い声だった。

しかし、その動きはすばやく、避けようと動いたダグラスを、いとも簡単に数メートル後ろへと吹っ飛ばした。

その吹っ飛ばされたダグラスの体勢は、完全に受身を取っており、端から見てもうまく攻撃を受け流したことがわかり、その場にいたマリーを除く全員が心の中でホッと息を吐いた。

さらに、それだけの動きを持つ上に、感じられる魔力、その迫力は、今まで感じた中で、最高級のもののように思えた――。

その場にいる人間全員が、緊張のあまり乾きを覚え、ゴクリと息を呑んだ。

「……ふざけた化け物ね。」

ただマリーだけが、その様子をずっと見ていたにも関わらず、本当に面白そうにニヤリと笑った。

「……マリー……、なんで、そんなに余裕なんだ?」

隣にいたルーウェンが、真剣な表情のまま、少しだけあきれたようにマリーに問い掛けた。

「だって、魔王クラスの魔物なんて、そうそう出会えないじゃない?」

……いや、誰も、そうそう出会いたくなんて、ないです。

ルーウェン、アイゼルの心の声は、本人たちの知らぬところで、見事に重なった。

「……マリーと言ったか。……何か、策でもあるのか?」

今まで黙って様子を見ていたウルリッヒが、マリーに問い掛けた。

「ないわ。そんなもの。」

「………………。」

あっけらかんと答えられたウルリッヒは、なんと反応してよいのか、わからなかった。

が、すぐに気を取り直した。

「……では、質問を変えよう。おまえは、どうするつもりなのだ?」

その質問に、マリーは、一瞬だけ驚いたようにウルリッヒの顔を見たが、すぐに、華やかとしかいえない、綺麗な笑いを浮かべた。

だが、それは見せかけだけで、言い表し様のない、見えない迫力が感じられた。

「攻撃、あるのみ!!」



「……………。」

なんとなく、予想がついてしまっていた答えに、ウルリッヒはあきらめたように息を吐き、目を閉じた。

「……錬金術師というものは……。」

ウルリッヒのつぶやきは、幸か不幸か、マリーの耳には届かなかった。

そんなウルリッヒの様子には、全く気づくことなく、マリーはおもむろに取り出した爆弾を、今度こそとばかりに、レイスに投げつけた。

「テラフラム!!」



ドガゴオオオ――――――ン!!!!!!!!!



今までに聞いたことも無いほどの、壮大な音を立てながら、山の斜面を削る程に強力な爆弾が爆発した。

「うわ!!」

「キャアァァァ!!」

アイゼルとルーウェンがその爆風に煽られ、体勢を崩した。

さらに、おまけとばかりに、マリーが投げつける爆弾が起こす風が、砕けた岩や土、砂を巻き上げ、アイゼル達に襲い掛かってきた。

アイゼルは思わず、地面へと体勢を低くし、それを庇うように、ルーウェンが覆い被さった。




「きゃあ!!」

マリーたちと少し離れた場所にいたとはいえ、エリーもまた、その強力な風に煽られ、飛んでくる砂、岩くずに襲われた。

エリーが、思わず眼を閉じた次の瞬間、爆風は収まっていないのに、エリーを襲う粉塵が感じられなくなり、恐る恐る眼を開けたエリーの前には、エリーにマントをかけてくれた、あの男がいた。

その男は、エリーを粉塵から守ろうとするかのように、エリーの前に立っていた。

「あ、あの! 私、大丈夫です!」

慌てたエリーの目の前で、怪我をしているらしい男の胸元から、覗く包帯が、赤く染まっていくのが解った。

傷が、開いたのだ――。

「傷が――。」

「……何とも無い。」

その包帯の巻き具合から、決して軽い怪我ではないだろうに、男は苦しげな表情を見せることなく、多少息が上がっただけの様子でエリーに答えた。

その間も、胸の赤は広がっていく。

痛く、ないわけがない。

「手当てしないと――。」

「……おまえもな。」

「――!!」

手当てしていないまま、放置しているエリーの傷に、気づかれている。

そういえば、この男にだけ、エリーは傷を見られていた。



黙っていてもらえるよう頼むべきか、考えこんでしまったエリーをチラリと一瞬だけ眼にとめ、シュワルベは、ムリに重ねて言うわけでもなく、マリーの戦う姿に目を戻した。

そこには、別れた当時のまま、いやそれ以上の輝きを持つ、金色の女性がいた。

無茶苦茶な戦い方は、当時と変わらず、本当に女かと疑いを持つほど大胆で、強い。

その姿、戦いぶりに、懐かしさを覚える。

「………………。」

そして同時に、そんな自分に、嫌気がさす。

「……あの……。」

ふと、昔の感慨にふけりかけたシュワルベの後ろから、少女の声が聞こえた。



「……なんだ。」

「……黙っていて下さい。」

「……………。」

何も答えずエリーを見ている目の前の男に、なぜか睨まれたような気がして、エリーは首を引っ込めた。

「……お願いします。……見られたく、ないんです。」

誰に、とは言わない。

男は、ため息をついた。

「……痕が、残るかもしれんぞ。」

「それでも!」

強がるのもいい。

しかし、どこか、間違っている気がする。

「……見せろ。」

「え?」

男はつぶやくとともに、エリーが体に巻きつけていたマントを、剥ぎ取った。

「……あ……。」

とたんに襲ってきたのは、恐怖。

ロッソに襲われたときの恐怖がよみがえり、エリーの体は硬直した。

「……手当てをするだけだ。……誰も、見ていない。」

その様子がわかったのか、シュワルベはそう言うと、今まさに戦っている連中からは死角となるだろう木陰に、避難の意味でも、エリーの体を移動させた。

そして、その場にアイゼルが置いていった薬入れから消毒液と清潔な布を取り出し、エリーの傷を消毒し、そのまま、包帯を巻いてくれた。

その間、シュワルベは、エリーの肌を見ても、傷を見ても、眉ひとつ動かさず、その動きも、全く事務的で、何も感じさせず、表情も全く変わらなかった。

普段なら、不安になったかもしれない、その機械的なまでの手当ての仕方が、今のエリーには、逆に安堵を覚えさせた。

「……連中は、するどい。気づかれたくなかったら、極力注意することだ。」

手当てが終わったあと、シュワルベが言った言葉に、エリーは慎重に頷いた。

その間も、洞窟の前で戦闘は続いていており、そのおかげで、エリーとシュワルベの行動は、誰の目にもとめられる事は無かった。



【To be continued】



(05.09.16)



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