「……大したダメージを、受けてはいないようだな。」
マリーが直撃させたであろう、テラフラムを食らってさえ、レイスは少し衝撃を受けただけのようだった。
続いて投げつけたメガフラムも、ほんの少し、レイスの気力を奪っただけのように見えた。
「……爆弾が、効かないのか?」
ルーウェンの言葉に、アイゼルが杖を構えた。
「ロートブリッツ!!」
アイゼルの杖から、まぶしい光が飛び出し、レイスを襲った。
が。
「……あまり、効きませんね。」
「いや、爆弾よりは効いてるようだ。」
アイゼルの落胆した言葉に、ルーウェンが少しばかり希望を見出したように、強い語調で言った。
「なーるほど。じゃ、遠慮なく。」
それに気づいたマリーが、爆弾を道具袋にもどし、自分の杖を構えた。
「!!」
その瞬間、今までマリーたちの攻撃を、余裕な感じで受けていた相手が、反撃を開始した。
空間を跳躍したかのように見える、そのすばやい動きについていけず、アイゼルはレイスがその前足でえぐるように巻き上げた地面とともに、吹っ飛ばされた。
「キャアアア――!!」
「アイゼル!!」
「だ、大丈夫です!!」
マリーの声に、吹っ飛ばされて、多少怪我をしたものの、大事に至らなかったアイゼルが慌てて答える。
「マリー! 攻撃しろ!!」
魔法攻撃にはからっきしのルーウェンが、アイゼルは自分に任せろとばかりに駆けより、次いでマリーに叫ぶ。
このメンバーの中で、まともな魔法攻撃ができるのは、マリーとアイゼル。
それに、おそらく今は、まともに戦うことができないであろう、エリーだけだった。
「……失敗したな。」
ウルリッヒは、リリーをこの場から離してしまったことを後悔した。
まさか、魔法攻撃以外をほぼ受け付けないような、そんな厄介な魔物が現れるとは、思っていなかった。
だが……。
「何か、策があるはずだ。」
ウルリッヒは、慎重にレイスから距離を取り、めったやたらに攻撃を仕掛けていく、マリーの攻撃を受け流すレイスを観察していた。
何か、あるはずだ。
弱点のない魔物――ものなど、存在するとは思えない。
「…………………。」
どんな攻撃でも、ほとんどダメージを受けることなく、逆にこちら側に、ダメージを与えてくる相手。
嫌な記憶がよみがえった。
――『黒の乗り手』
初代シグザール王を守護した、最強の騎士の亡霊。
かの亡霊は、どんな攻撃にもダメージを受けず、たった1度の攻撃で、目の前に立ちはだかる相手を蹴散らした。
……あの時、目の前で倒れたリリー。
彼女を失ったかもしれないと、あのとき覚えた恐怖を思い出し、ゾクリと背筋が凍った。
彼女はここにはいない。
戦力として欲しいと思いはしたが、心の底から、彼女がこの場所にいない事を感謝した。
(――エゴ、だな。)
ウルリッヒは自嘲した。
リリーさえ助かれば、他の人間は、どうでも良いのか、と、自分に問い掛けた。
良い、筈が無い。
チャキリ……。
剣を構える。
聖騎士のつるぎから、この剣に持ち替えたのは、いつの日だったか。
ウルリッヒのためだけに、作られた剣。
30年もの長い間、ウルリッヒとリリーの身を守りつづけた剣。
これ以上の剣に、出会ったことなどなかった。
「……頼む。」
自分の、誇りともいえる剣に、ポツリとつぶやく。
剣は、キラリと光を反射し、ウルリッヒの言葉に反応したかのように見えた。
その瞬間、ウルリッヒはレイスの腹部を目指して駆けていた。
気合を込めた一閃を放つ。
頭を潜り抜け、レイスの腹の下へもぐりこむかのように駆け込み、切り裂く。
「………………。」
柄を握る手に、力が入る。
刀身を通って感じる感触に、違和感を感じた。
「…………?」
ダグラスの攻撃や、マリーたちの爆弾、魔法攻撃に対するレイスの反応から、獣の形を取っている黒い部分は、見せかけのものかもしれないと思っていた。
単に、自分達の目を惑わせる、幻かもしれないと――。
だが――。
(……………なんだ、この手ごたえは……。)
幻ではありえないことがわかった。
かといって、洞窟内で対峙したときに、レイスが飛ばしてきた黒い塊ともまた違う。
あれは、確かに物質としての質量があった。
しかし、今のは……。
(幕のようなものが、刀身に触れたような……。)
僅かに感じた感触は、確かに何かが剣に触れた程度のものだった。
明確な手ごたえには感じられず、気のせいにしてしまえば、そうなってしまうだろう、かすかなものだった。
(まさか、この影の幕のようなものが、攻撃を受け流しているのか……?)
だとすれば、やっかいだ。
今までの攻撃は、全てこの幕に邪魔されてほとんど本体に届いていなかったことになる。
だが、同時に、今までの攻撃が、ほとんど効果を示さなかった事にも、納得がいく。
攻撃後、そのままレイスの反対側へ通りぬけ、そんなことを考えていたウルリッヒの背中に、レイスの前足が襲い掛かる。
「ウル――!!」
慌てたルーウェンが、ウルリッヒにそれを知らせようと声をかけかけたが――。
ヒラリ。
まるで、背後からの攻撃を読んでいたかのように、ウルリッヒは攻撃を軽くかわして飛び退いた。
そのことにレイスは腹を立てたのか、さらに牙で襲い掛かる。
キンッ!
固い音がして、ウルリッヒの剣とレイスの牙が交わった。
「キサマー!!」
レイスの口から、ウルリッヒに対する、苛立ちを抑えない声が聞こえる。
「…………………。」
対するウルリッヒは、ひたすら無言のままレイスと立ち合っていた。
「すごい……。」
そのウルリッヒの様子を見て、ルーウェンが感嘆の声をあげた。
「エンデルクといい勝負……、いや、まさかと思うが、それ以上か?」
ルーウェンの言葉に、ダグラスの顔が苦虫を噛み潰したような顔にゆがむ。
「そんなはずないだろう!!」
ダグラスの声に、ルーウェンが口を閉じた。
皆、一様に、驚いた顔、唖然とした表情で、ウルリッヒとレイスの戦う様を見ていたが、ハッと気づいたように、援護に回るべく動き出した。
「……ダグラス君、あの人、何者?」
ダグラスの隣へ近寄ってきたマリーが聞く。
「わからない。」
「そんなわけないでしょう!?」
「……森の中で会っただけだ。」
それだけ言うと、ダグラスは正面からウルリッヒと対峙しているレイスの注意を引く為に、横に回りこみ、斬りかかった。
「ダグラス!」
幾度目かわからない、ウルリッヒの剣とレイスの牙の打ち合いの中、ウルリッヒがレイスの脇腹に斬りかかって行くダグラスを視界にとめ、叫んだ。
「深く、斬りつけてみろ!」
「……?」
その意図がわからないまま、ダグラスは聖騎士のつるぎを握る手に力を込めなおし、そのまま勢いよく振りきった。
だがそれも、先ほどまでと同じように、レイスの黒い体は、風にでも揺れたかのように、ダグラスの剣を受け流したかのように思えた。
が……。
「………?」
ダグラスも、何かを感じた。
頭に血が上っていた、最初の一撃。
その後、焦るがままに、マリーの起こす爆風の中、つるぎを振るった時には気づかなかった何か――。
感じる違和感に気をとられ、ダグラスはレイスの尾が右手方向から襲い掛かってくるのに、反応が遅れた。
「っ!!」
気づいたときは既に遅く、致命傷を受けないように体勢を崩して避けるのが精一杯だったダグラスは、また、派手に吹っ飛ばされた。
【To be continued】