「ダグラス!!」

幸か不幸か自分の方向へ吹っ飛んできたダグラスを、ルーウェンが慌てて受け止めた。

「大丈夫か!?」

「ああ。」

ルーウェンに礼を言いながら、すばやく立ち上がったダグラスは、衝撃を受けた右頬を、手の甲でグイッとぬぐう。

手の甲に血がついた。

口の中に錆びた鉄の味が広がってきた。

どうやら、口の中を切ったらしい。

(……情けねえ。)

心の中で自嘲し、気持ちを落ち着けるために、ダグラスは大きく息を吐き、目を閉じた。

ルーウェンは、そのダグラスを置いて、どうやら力に押され始めたウルリッヒを援護するべく、ウルリッヒの元へ駆け出した。

「ウルリッヒさん! とにかく一度下がってください!!」

ウルリッヒの代わりに、レイスの牙を剣で受け止めたルーウェンの言葉に、ウルリッヒは逆らうことなく、さっと後ろへと下がった。

このまま、正面から対峙していても、埒があかないことがわかっていたのだ。

そして、そのまま、魔法でレイスの体力を、僅かにづつ削っているマリーと、マリーのサポートをしながら、同じように魔法で攻撃しているアイゼルをチラリと見た。

そして、そちらへと近づく。

「悪いが、これを使ってみてはくれないか?」

体力的に、マリーと大きく差があるアイゼルは、荒い息をしながら、一度下がろうか考えていたときに、いつの間に近づいていたのか気づいていなかったウルリッヒの声に、驚きの表情でそちらを向いた。

自分のすぐ近くまで来ていたウルリッヒに気づかなかったことに、戸惑いを隠せないまま、差し出されたものを見て、眉をよせる。

「……これは……レヘルン?」

「そうだ。試してみてくれ。」

ウルリッヒが渡したのは、リリーの特製レヘルンだった。

アイゼルは、純粋に驚いていた。

グラムナート地方では、見かけていたが、こちらの大陸にも、どうやら、存在したらしい。

同じ爆弾でも、フラム類とはまた違う効力があり、大抵の魔物には、かなりの効果があることは知っていた。

「でも……。」

しかし、この目の前の敵に、通用するだろうか?

テラフラムでも効果のない相手に、レヘルンが通用するのだろうか?

「頼む。」

言いながら、ウルリッヒは自分の娘にでも諭すかのように、優しく微笑んだ。

貴族社会でも、ついぞ見たことの無い、柔らかい、高貴な笑顔に、アイゼルは驚きを隠せないまま、無意識にその爆弾を受け取った。

その爆弾は、ひやりとした冷たさを感じさせ、見かけより、ずしりとした重さがある。

一時、慣れ親しんでいたその感触に、懐かしさを覚える。

アイゼルは、そのレヘルンを握り締め、そして、キッとレイスを睨みつけた。

「えい!」

そして、気持ちを切り替えると、レイスの頭をめがけてその爆弾を投げつけた。

「………………。」

ウルリッヒは、その様子を一瞬も逃さず見詰ていた。



ガシャーン!!



爆弾の爆発音とは違い、どちらかと言うと、ガラスのような何かが砕け散ったかのような音をあたりに響かせながら、その爆弾は破裂した。



ギィイイイイイ――――!!!



そして、次に、森中に、大きな、獣とも、鳥とも思えない、何かの叫び声が響き渡った。

その様を見て、アイゼルは唖然とした顔で、思わず口をポカンと開けてしまった。

「貴様、きさま、キサマ――!!!」

レイスは、憤怒に染まった表情を、ウルリッヒに向け、その背中の翼をバサリと広げると、上空へと舞い上がった。

思った以上に効果があったことにウルリッヒは内心笑みを浮かべた。

が、上空に舞い上がったレイスを見上げた瞬間、次に行ってくるであろう攻撃が、予想できた――。

「後ろへ飛べ!!」

ウルリッヒの叫びとともに、アイゼル、マリー、ルーウェンが、一斉に飛び退いた。

とたん――。

空から、黒い雨が、地上に降り注いだ。

「ウルリッヒ!?」

マリーの叫びは、辺り一面に、響き渡った――。



――――――――――――――



戦闘の場から少し離れた場所で、固唾を呑むように、目をそらすことなく皆が戦うシーンを見ていたエリーと、シュワルベは、今までに見たことの無い光景に目を疑った。

「……な……に……、あれ……。」

一部分にだけ集中的に降る、黒い雨。

だが、それは、明らかに周囲の木々を叩きつけ、なぎ倒し、地面を削るほどに強い勢いを持っていた。

あの下に、ダグラスたちがいるのだ――。

「ダ、グラス……?」

呆然とつぶやいた自らの声で、意識がはっきりしたかのように、エリーはすっくと立ち上がった。

「ダグラス! マリーさん!?」

慌てて、飛び出そうとするエリーを、シュワルベが捕まえた。

「おまえが行って、何ができる。」

男の言葉は、エリーの胸に突き刺さった。

ギュッと唇を噛み締めて、男を睨みつけた。

「手当てくらい、できるわ!!」

すかさず怒鳴りつけるエリーに、内心好ましさを感じながら、シュワルベは表面上は変わらず無表情のまま、その琥珀の瞳を見ていた。



「……っ。」

全てを見透かすような、静かで落ち着いた、濃い茶色の瞳に見据えられ、エリーは何故か言葉を失った。

「……おまえは、ここにいろ。」

そう言い残すと、シュワルベはその黒い雨の中を目指して、駆け出した。



黒い雨は、そう長いこと続かず、ウルリッヒのおかげで難を逃れた3人と、もともと少し離れた位置で、機会をうかがっていたダグラスが息を呑んでいる前で、程なくおさまった。

その黒い雨に呑まれたウルリッヒは、一体どうなったのか――。

もうもうと上がる土煙の中から現れたのは――。

マントで顔をかばった格好でその場でかがんだように、体勢を小さくしているウルリッヒだった。

見た目に、そう大きな怪我見当たらなかった。

「キサマ、キサマ、一体――!!!!」

逆に、レイスの方が、なぜかダメージを食らった様子で、ダグラスやウルリッヒが斬りつけても、ほとんどダメージを受けなかった体に、あきらかに目に見える傷跡があった。

「……………。」

ダグラス、マリー、アイゼル、ルーウェンと、駆けつけてきたシュワルベの5人が固唾を呑んで見守る中、ウルリッヒはゆっくりと立ち上がった。

「……どうやら、うまい具合に作用したようだな。」

そういうウルリッヒの手には、なぜか、空の杯があった。

「……それは……?」

5人を代表して、マリーがウルリッヒに問いかけた。

「『奇跡の杯』だ。」



平然と答えたウルリッヒの前で、5人が、「わからない」と言った顔でウルリッヒを見ていた。

だが、その質問に、今は答えるつもりはなかった。

『何が起こるか使ってみなければわからない。』

ある意味、賭けでしかない道具だった。

だが、ウルリッヒは、リリーを信じていた。

だからこそ、自分たちに不利な状況に陥る風にだけは、作用しないと考えていた。

事実、そのとおりだった。



「今は、それどころではないはずだ。」

ウルリッヒの言葉に、一瞬状況を忘れかけていたらしいマリーたちは、改めてレイスを見なおした。



レイスは、全身から怒りの気を発し、赤黒い陽炎のようなものを背に背負っているように見えた。

そして、その、体に溶け込んでいたかのような、黒い瞳が、赤く、光っていた。



その様子から、おそらく、戦いはこれからだと思われた――。



【To be continued】



(05.10.02)

…勝手に、アイテムの効果を捏造中…。
多分、こんな効果はありません。
…戦闘中に使ったことないし(汗)


一言感想


《24》     長編topl     《26》