結局、その麓の村で宿を借り、マリーたち一行は一週間ほど滞在した。
エンデルクが率いてきた討伐隊は、盗賊団の残党をひとまずザールブルグへ連行するため、先に出発していた。
シュワルベも、一応命は取り留めたものの、まだ楽観はできないとのことから、早急に専門の医師のいる病院へ入院させるために、リリーが持っていた空飛ぶじゅうたんに乗せ、なぜかエンデルクが自ら最善の注意を払いながら一足先に戻ってしまっていた。
サイードは例に漏れず、アニスの側にいられないのが落ち着かないのか、討伐隊と共に、出発してしまっていたが――。
そのため、この村にその期間滞在したのは、エリー、ダグラス(護衛として残るときかなかった。)、マリー、アイゼル、ルーウェン、ミュー、そして、ウルリッヒ、リリーだった。
そこで何をしていたかというと、マリーとアイゼル、そしてエリーは、時間の許す限り、リリーの持つ知識を得ようと、部屋にこもりっぱなしであったし、ダグラスたちもまた、ウルリッヒに連日稽古をつけてもらい、実に充実した時間を過ごしていた。
「ザールブルグには、戻られないんですか?」
出発の日、一度、南の国へ戻ると言ったウルリッヒとリリーに、エリーが残念そうに声をかけた。
「近いうちに寄ろうとは思うのだけれど、今回は、結構、長い間家を離れていたものだから。」
リリーもどこか残念そうに、笑った。
「そう、ですか……。」
しゅんとしぼんでしまったようなエリーに、周囲の人間も微笑ましく苦笑する。
一方、ダグラスも、ウルリッヒに相対して、今までの非礼をわび、そして、改めてお礼を申し出た。
「何か、俺にできることがありましたら、ぜひ。」
「……いや。わたしは、充分に良いものを得た気がする。おまえに会えて、よかったと思う。」
「ですが――。」
気持ちだけいいと言うウルリッヒに、食い下がろうとしたダグラスを押しのけて、マリーが、ウルリッヒとリリーの前に進み出た。
「そういえば、どうして、ドムハイトへ行こうとしていたんですか? ダグラスと会うまでは、南の国ではなくて、どこかに行こうとしていたんでしょう?」
じーっと、2人の表情を見逃さないぞ、と気合の入った瞳で見つめられ、2人は苦笑した。
「間に合えば、砂漠の花が、ほしかったの。」
そのマリーの瞳に負けたように、リリーは告げた。
「あー……。」
それを聞いて、バツが悪そうに、マリーはうめいた。
「……今から、じゃ……。間に合わない……、な。」
エンデルクに貸し出した、空飛ぶじゅうたんでもあれば、また別だったのだろうが、今からでは、馬に乗って走ったところで、間に合わないだろう。
ザールブルグの近くの森に咲く、ドンケルハイトなら、今から急げば間に合うだろうが。
困ったように、視線を迷わせたマリーに、リリーは微笑んだ。
「いいのよ。また、来年取りに行けばいいのだし。ね?」
「ああ。」
2人は全く気にした様子もなく、お互い微笑あう。
エリーは、その間、パタパタと、盗賊に没収されていた荷物をなぜかひっくり返し、ごそごそとしている。
「……エリー?」
会話の途中に、そんなことをするエリーが「行儀悪いわね」と、アイゼルは軽く睨みつけていたが――。
「あ! あった!! よかった〜!!」
目当てのものを見つけたらしく、エリーは嬉しそうにニコニコとリリーの所へと戻ってきた。
「はい、これを。」
言いながら、エリーが差し出したのは、去年エリーが手に入れて、使い道がまだ解らなくて、ドムハイトで聞こうと思って持ち歩いていた砂漠の花だった。
結局、ドムハイトの人たちも、はっきりとはその使い道を知らなかったため、とりあえず、工房で保管しておくかと考えていたものだった。
「よろしければ、受け取ってください。……こんなもので、お礼になるかはわかりませんが、せめてもの気持ちです。」
エリーは言いながら、また、改めてリリーとウルリッヒに頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。」
そのエリーの様子を見て、リリーとウルリッヒは少し驚いたように目をしばたかせていたが、次にリリーがフワリと微笑んだ。
「気にしなくてもいいのに。……でも、ありがとう。遠慮なく、受け取らせてもらってもいいかしら?」
「もちろんです!」
きっぱりそういうエリーにリリーは苦笑しながらも、砂漠の花を受け取った。
エリーは、リリーが砂漠の花を受け取ったことに、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
ここで、リリーが遠慮をしてしまえば、きっと思い切りエリーは落ち込んだだろう。
本当に、好ましい人柄をしている、と、リリーは思った。
この、ダグラスの友人たちは。
かつての自分の友人達を思い出す。
きっと、みんな、今もどこかで元気にやっているだろう。
彼らの全てが自らの力で行きぬく強さを持っており、そして、生甲斐を持っていた。
だからこそ、信じられる。
たとえ、どれほどの年月が流れていようと、リリーは彼らを信じているから。
だから、その考えに、疑いをもつことはなかった。
彼らのことを思い出すだけで、リリーの胸は温かくなり、とても幸せな気分になった。
「――元気で。」
「はい! リリーさんも!! 本当に、本当に、ありがとうございました!!」
そんな元気な若人たちに見送られながら、リリーはウルリッヒは出発した。
「ほんとうに、気持ちのいい人たちばかりでしたね?」
「ああ。……久しぶりに、時の流れを実感した。……だが、シグザール王国は、まだまだ安泰だということがわかって、本当によかった。」
どこか遠いところを見つめるような瞳で、満足気に頷く夫を見て、リリーもまた、微笑んだ。
「今度は、絶対、ザールブルグまで足を運びましょう。……妹達の成長した姿を、見てみたいわ。あんなに立派な生徒を育て上げられるようになった2人。どんなに素晴らしい女性になっているかしら……。」
「――そうだな。」
リリーの言葉に、ウルリッヒは昔を思い起こしながら頷いた。
賑やかすぎるくらい賑やかで、元気な十代前半の少女の姿が2人、ウルリッヒの脳裏に浮かんだ。
リリーに対する気持ちを、真っ先にあの2人に見破られ、さんざんからかわれながらも、協力してくれた2人に、懐かしさと改めて感謝の念が浮かんだ。
「また、いずれ。」
「ええ。」
そうして、2人はまた、2人だけの旅に戻ったのだった。
「さて、私たちも、そろそろ出発しましょうか!」
マリーの言葉に、全員が異議なしと頷いた。
行きのあの不安で、落ち着かない苦しい気持ちは完全に消えてしまい、全員の足取りは軽かった。
エリーは、隣をゆっくりとしたペースで歩く、ダグラスに全意識が集中していた。
ダグラスの隣を、こうやって、また、歩けるのだということが、とても嬉しかった。
【To be continued】