ダグラスの声が、エリーの体に染みとおっていく。
大好きな、ダグラスの、優しい、声。
ずっと、聞いていたくて、まだ混乱したままではあったけど、エリーはダグラスに抱きしめられた状態で、自分から、体の力を抜いた。
そのまま、ダグラスの胸に、頭を寄せる。
(もっと、名前を呼んで。)
エリーの気持ちが通じたのか、ダグラスは、エリーの名前を何度か繰り返した。
「エリー。」
「うん。」
「エリー。」
「……うん。」
――エリー。
呼ばれるのが、嬉しかった。
だから、呼ばれるたびに、返事をした。
ただ、ダグラスがエリーの名前を呼び、エリーがダグラスに返事をする。
これを何度繰り返したのだろう。
ダグラスはギュッと一度エリーを強く抱きしめると、エリーの両肩をそっと持って、エリーの頭を自分の胸から放すと、真剣な表情でエリーの顔を覗き込んできた。
そして――。
「エリー、俺は、オマエが好きだ。誰より、愛しいと思っている。……オマエなしの俺なんて、もう、考えられない。」
「ダグ……?」
ダグラスの声を耳に聞いているだけで幸せを感じていたエリーは、ダグラスの言葉に、目を瞬かせた。
自分が、今、何を聞いたのか……、信じられなかったのかもしれない。
声が聞けるだけで嬉しくて。
顔を見るだけで、幸せになれた。
それなのに――……。
「……今回のことで、それを、すごく実感した。――オマエは、俺を、どう、思っている?」
嬉しすぎて、だから、余計に信じられなくて――……、ダグラスが冗談を言って、エリーをからかっているのではないかと、考えてしまった。
でも、ちょっとびっくりして、エリーは何度も目を瞬かせたが、目の前のダグラスは「冗談だ。」と笑う事もなく、真剣にエリーの顔を見ていた。
だから、ダグラスは、嘘でも冗談でもなく、エリーに気持ちを告げてくれたのだと、ようやく実感ができて――、ポロポロと涙がこぼれた。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて……。
涙があふれて止まらなかった。
返事がしたかった。
「私も、大好きだ。」と、告げたかった。
けれど、涙が止まらず、言葉は声にならなかった――。
気持ちを告げた後、一瞬間を置いて泣き出したエリーに、ダグラスは不安になっていた。
エリーは、ダグラスが抱きしめても、嫌がるそぶりを見せなかった。
むしろ、自分からもたれかかるような仕草をして――、ダグラスの腕の中で安心しきっていた。
――だから、エリーもまた、自分を、自分がエリーを想うように、想ってくれていたのだと、ダグラスは考えた。
だから、どこか期待して――、告げた。
……泣き出すとは、思わなかった。
心臓が、緊張のあまり、早鐘を打つ。
エリーは泣くばかりで、返事をしない。
(……勘違い……、しちまったのかもな……。)
ダグラスは、苦い思いを噛み締めた。
優しいエリー。
自分のことなど、一番後回しにして、周囲のためにその身を削ってまで奔走する。
――とても、好ましい性質だと思う。
だが――。
(それを、自分の為だからだ、って勘違いしたヤツには、残酷……なんだよな。――俺みたいな、バカ野郎には……。)
今も、ダグラスが、エリーのことを抱きしめたがっていたから。
名前を呼んで返事をしてもらいたがっていたから。
だから、エリーはダグラスに合わせていたのかもしれない。
それで、真剣に告白されて――……。
(……困ってるんだな。)
大事な友人くらいには、思ってくれているのは、間違いないだろう。
でなければ、何年もの間、契約をしているわけでもない相手を専属護衛のように雇い、共に過ごすことなど考えられない。
大事な友人から、告白されて――、断れなくて、困っている……のだ。
(……断ったら、相手を傷つけるから、か?)
それこそ、残酷なことだと、エリーは気づいていないのだろうか?
(……たぶん、気づいて、ないんだろうな。)
ダグラスは、ズキズキと痛む胸の痛みを落ち着けるように、目を閉じて、深く息を吐いた。
そして――。
「……エリー。……悪かった。……困らせるつもりじゃなかった。」
「――…………?」
エリーは、まだ止まらない涙を流しながら、ダグラスの顔を見上げてきた。
その涙に、ダグラスの胸がまた大きく痛みを訴えた。
「……もう、言わない。おまえも気にすんな。……忘れてくれ。」
エリーが無言のまま、大きく目を見開いたのに気づいた。
(ほっと、してるのか?)
そう考えて、ダグラスは苦い思いを噛み締めながら苦笑した。
「――最後に、もう一度、抱きしめさせてくれ。」
エリーの返事を待つことなく、ダグラスはグッとエリーの背中に手をやり、小さな体を強く抱きしめた。
ビクゥ!! っと、エリーの体が跳ねたのがわかった。
先程は、安心してダグラスの腕に抱かれていたエリー。
この反応からも、やはり、とダグラスは納得せざるを得なかった。
目頭がジワッと熱くなるのがわかった。
(――なさけねー……。)
いい年した男が、女に振られただけで泣きたくなるなんて、最低だなと、自分をあざけるように心の中で笑いながら、ダグラスはそっとエリーから離れ――、そして、無言のまま、工房を立ち去った。
呆然と立ち尽くすエリーからは、引き止める声もなく、それがダグラスに、さらに寂しさを感じさせた。
すっかり暗くなったザールブルグの街の通りを、ダグラスはぶらぶらといつもよりずっと遅い歩調で歩く。
空を見上げるとキレイな星がたくさん瞬いていた。
「――ふられちまった……な。」
ポツリとつぶやいた声は、自分の声なのに、どこか遠くて、むなしさを感じさせた。
ダグラスは、そのむなしい気持ちを吐き出すように、また、大きく息を吐いたのだった――。
【To be continued】