来賓室にアイゼルを残したまま、ダグラスはザールブルグの街へ、「視察」だとごまかして飛び出した。
アイゼルの工房は知っていた。
エリーが嬉しそうに、アイゼルが工房を持った時に案内してくれたから。
わき目もふらずアイゼルの工房までたどり着くと、ダグラスはドンドンと扉を叩いた。
だが、しばらく経っても扉は開かれず、中に人がいる気配もなかった。
エリーは、アイゼルが工房にいないことに気づいた時点で自分の工房にでも戻ったらしかった。
ダグラスは舌打ちしたい気分にかられたが、そのままクルリと方向を変え、今度はエリーの工房へと走り出した。
街中を全力疾走する聖騎士に、行き交う人々が不安そうな視線を向けていたが、ダグラスは一向に気づく事はなかった。
ダグラスの頭の中にあるのはエリーのことだけ。
エリーに謝りたい。
もう一度、話がしたい。
――それだけだった。
「エリー!!」
エリーの工房の前にたどり着くと、ダグラスは扉が壊れるのではないかと思われるくらいに激しく、工房の扉を叩いた。
その音に驚いたのか、それとも、ダグラスの訪問自体に驚いたのか、中でバタバタと人――おそらくエリーが走り回るような音が聞こえた。
「エリー!! ここを開けてくれ。」
だが、工房の扉は開く気配はなかった。
ダグラスの訪問にエリーは、どうしたらいいのかわからなくて、ただ、意味もなく工房の中を走り回り、気が付いたら2階の寝室のベッドの上で体を抱え込むようにして小さくなっている自分に気がついた。
(どうしたの、私……?)
ダグラスが来てくれたというのに。
――おそらく、朝起きたらいなかったアイゼルが、ダグラスに何かを言ってくれたのだろう。
でも――。
(どうしたら、いいの?)
昨日、即座に返事ができなかったこと、ダグラスに対して怖がってしまったこと――……ダグラスを、傷つけたことに、謝ればいい。
そして、改めて気持ちを伝えればいいのだ。
――きっと、ダグラスは笑って、エリーの気持ちを受け止めてくれる。
そう思うのに、同時に説明しなければならないことが、……口にするのも怖くて……。
「……アイゼルには……あの時、見られてたから……。」
ほとんど説明しなくても、アイゼルは敏感に察知してくれた。
だけど、ダグラスには、本当は知られたくなかった。
でも、あんなふうにダグラスに対して怯えてしまって。
しかも、アイゼルから何かを聞いているかもしれないダグラスに、ただでさえ嘘が苦手なエリーがごまかすなんてことできるとは思わなくて。
……本当に、どうすればいいのか、わからなかった。
混乱したまま、寝台で丸まっていたエリーは、ドンドンと聞こえていた扉を叩く音がピタリとやんだとたん、いきなり不安になった。
扉を開けようとしなかったのは自分。
なのに、ダグラスが怒って立ち去ってしまったのではないかと考えると、不安でたまらなかった。
「――ダグラス……ッ!!」
胸の底から搾りだすように、何より大切な人である彼の名前を呼ぶ。
側にいて欲しい。
誰より、何より、1番側に、いてほしい。
なのに、自分は、何一つ、自分から行動が起こせなくて――。
ダグラスの言葉に、頷くことさえもできなかった。
嬉しかったのに。
――嬉しかったのに!!
このまま、誤解されたまま、気まずいままになってしまって、いいわけがないのに!!
「ダグラス――!!」
声が聞きたい。
謝りたい。
なのに、そんなことすらできない――しようとしない、弱い自分が、嫌いだった。
『誰か』のためだったら、自分はいくらでも無謀かもしれない行動を起こしてきたはずだった。
なのに、それが、『自分』のためになると、コレほどまでに弱虫になるなんて、エリーは自分で自分が悲しかった。
でも、怖かった。
行動を起こすのが、怖かった。
それが、ダグラスを傷つけてると、わかっていても――。
「……ダグラス……、ごめん、なさい……。」
「――……何に対して、謝ってる?」
寝台の上で、枕に顔をうずめるようにつぶやいたエリーに、声が、聞こえた。
――聞き間違うことなど、あるはずがない声。
「――俺の、気持ちに、対して、か?」
どこか、寂しそうな声。
エリーは心臓が、ドクンと跳ねて、止まったかのように、思った――。
ダグラスは、一向に開かない扉を叩くのを諦めて、工房の2階を見上げた。
2階にある窓の向こうは、エリーの寝室だったはず。
あの寝室の窓は、いつも鍵はかけられていなかったはずだ。
まっとうに考えれば、そんなことはするべきではないと思う。
また、エリーが落ち着いた頃に、出直せばいいだけの話のなのだが――。
――何故か、それをしたくなかった。
胸騒ぎがした。
エリーが、泣いてる、そんな気がしたのだ――。
ダグラスは、往来に人がいないことを充分すぎるくらいに確認して、工房の壁を上って窓の中にそっと入り込んだ。
エリーは、寝台の上で小さく丸まって……震えていた。
ズキリと、胸が痛んだ。
アイゼルが、あんなふうに言ってはくれたが、そう言えば、エリーが確かに自分に対して好意を持っていて、告白が嬉しくて泣いたのだという確証はどこにもなかった。
……エリーの親友であるアイゼルが言ったことだから、また、期待をどこかに感じてしまったが、……もしかしたら、アイゼル自身、エリーの気持ちを勘違いしていたのではなかったのかと、また、不安を感じ始めた。
……だが、今度は、昨日のように逃げる事はできなかった。
例え、エリーの答えが、アイゼルが言うように、自分が期待するような答えでなかったとしても、それを、彼女自身の口から、聞かなければならない。
エリーは、自分を傷つけたと思って、また泣くかもしれない。
だったら、自分は精一杯強がって見せて、傷ついてなんかいないんだと、そう、言ってやらなければならない。
泣かせたくない。
傷つけたくない。
怖がらせたくない。
そうして、ダグラスは精一杯自分の気持ちを落ち着けて、エリーにそっと近寄っていった……。
エリーは、窓から侵入した自分に、まだ気づいていないようで、ただ、枕に顔を押し付けた状態で何かをつぶやいていた。
それが何か気づいたとたん、ダグラスの心臓がドクッと大きな音を立てた。
エリーは自分の名前を呼んでいた。
そして――……。
あやまって、いる。
(……何、に?)
そう思った疑問は、知らず口からこぼれ出た。
その声に、エリーはビクリと全身を大きく痙攣させて、そして、止まった。
【To be continued】