ダグラスが、いる。
そこに、いる。
そのことが、ダグラスを怒らせてしまったのではないかと考えていた不安を消した。
だが、それ以上の不安が押し寄せる。
どうしたらいいのか、わからなかった。
(――ううん、違う……。……解ってる。……私は……逃げてる、だけ……。)
エリーは、ギュウッと両手を握り締めて、どんどん早くなる心臓、そして上がる息を整えようと努力した。
そして――、思い切って顔を上げて、ダグラスの顔を見上げた。
見上げたダグラスは、繕ってはいるみたいだったけど、今までエリーが見た事がないくらい、不安気で、寂しそうな、顔をしていた。
ダグラスらしくない、と、頭のどこかが考えた。
――そして、こんな顔をさせているのは、自分なのだと、そのことに胸が痛んだ。
傷つけたと思っていた。
でも、ダグラスは強いから、どんなに内面で傷ついても、それを表になんて出さないと、そんな風に、思い込んでいた。
――今までは、そう、だった筈。
でも――。
それが出来ないくらい、ダグラスが傷ついて、不安がっているのだと言う事に、エリーは自分が怖がって、逃げていたことに対して、本当に、心の底から、恥じた。
ダグラスは、あんなに真正面に気持ちを伝えてくれたのに、自分は、ダグラスに罪の無いことに、……すでに終わったことに、怯えて、ダグラスを傷つけた。
そして、今も、また、ダグラスは平静を装っているように見えるけど、明らかに、エリーが黙っていることで、傷ついて、いる――。
「……聞かせて、くれないか? ……オマエの言葉で。正直な、気持ちを。」
そう言って、優しく微笑んだダグラスに、胸が痛かった。
エリーが傷つかないように。
エリーを怖がらせないように。
ダグラスは、いつもほど近寄ってこない。
少し距離をおいて、そこに立っていた。
――優しすぎる。
それが、逆につらかった。
こんなに優しいダグラスを怖がって、傷つけている自分が情けなくて、――おろかだと思った。
エリーはグッと顔を引き締めた。
そして、震える体を押さえて、カチカチなる歯を必死で噛み締めて、エリーは寝台から降りて、立ち上がり、ダグラスの視線を真正面から受け止めた。
――倒れて、しまいそうなくらい、ドキドキして、怖くて、……体が震えた。
でも、ここで、言わなかったら、絶対に後悔する。
……いや、後悔なら、もう、あの時すでにしていた。
あの時、こんなことになるなら、伝えておきたい言葉があったと、そう、考えたはずだ。
今、伝えずして、いつ、伝えるというのだろうか……?
よほど、自分は思いつめた、青い顔でもしているのか、ダグラスは苦しそうだった顔に心配そうな表情を貼り付けて、そっとエリーに手を伸ばそうとして、引っ込めて、どうしたらいいのかわからず、戸惑っているようだった。
――そんな仕草も、ダグラスらしくなくて、そうさせているのが自分だと言う事実に、エリーはまた胸が苦しくなった。
エリーは心を落ち着けるために、息を大きく吸った。
……実際には、緊張しすぎてはやる胸のせいでそれ程空気を多く吸うことはできなかったが、それでも、ほんの少しだけ、落ち着いた気がした。
そして、今度こそ心を決めてダグラスを正面から見つめ、口を開いた。
「――好き。ダグラスが好き! 誰より、何より、ダグラスが!! ――大好き。」
そして、思い切って、勢いのまま、言葉をダグラスに投げつけた。
ダグラスは受け止めてくれるのがわかっていて。
好きな人に告白しようとする、他の女の子たちよりずっと恵まれた立場にいるとわかっていて。
それでも、たったこれだけの言葉を告げることが、こんなにも勇気がいるなんて、エリーは知らなかった。
心臓が、はちきれるかと思った。
ハアハアと、たったそれだけを言い切るのに息が切れて、心臓がバクバクと音を立てていた。
それを押さえる為に、ギュッと胸の前で手を握り締めたエリーは、次の瞬間、体がふわっと浮き上がったのを感じた。
「え――?」
そして、次に見えたのは、ダグラスの顔。
――自分のより低い位置にある――。
何時の間にか、エリーはダグラスに抱き上げられていた。
「……え?」
「本当、だな?」
「え?」
「今更、冗談とか、嘘だと言っても、聞かないからな! ――俺に、合わせただけだなんて、言うなよ!!」
ダグラスの真剣な顔。
余裕のない、焦りの混じったせわしい慌てた声。
エリーは呆然としながらも、嘘ではない、冗談ではないと、コクコクと頷いた。
そして――。
ポカンとした表情で、ダグラスを見ているエリーの前で、ダグラスは本当に幸せそうな笑顔を浮かべた。
「――嬉しいぜ。エリー。……ありがとう。」
本当に、嬉しいんだと。
本当に、幸せなんだと。
宝物でも見つけたような、昨日、エリーに告白してくれる前のダグラスの、今までに見たことがないと感じた、本当に綺麗な笑顔。
そして、柔らかな笑みを浮かべたダグラスの顔は、どこか泣き出しそうな感じにも見えた。
「ダグ……?」
そんな表情を浮かべるダグラスがわからなくて、慰めたくて、エリーはそっと右手を伸ばしてダグラスの頬に触れようとした……が――。
パシッと、ダグラスの左手がエリーのその手をつかんだ。
「ダグラス?」
不思議そうに問い掛けるエリーの手を握り締めたまま、ダグラスはその手を自分の口元に持っていき、そして、エリーの手の甲のキスを落とした。
「ダグ――!!」
そのダグラスの動作に、エリーの頬はカッと熱くなり、は慌てて手を取り戻そうとしたが、そっと握り締めているだけのはずのダグラスの手は、エリーの手を離そうとはしなかった。
「ありがとう、エリー。……俺、今まで生きてた中で、今が一番幸せかもしんねえ……。」
柔らかい口調。
優しい言葉。
その台詞と比例したかのような、綺麗な笑顔。
それを本当に間近に見せられて、エリーは、更に頬が熱くなるのを感じた。
……絶対、顔が真っ赤だと、思った。
その、ダグラスの綺麗な顔は見ていたかったけど、自分の真っ赤な顔は見られたくなくて、エリーはそのままダグラスの首に片手ですがり付いて、ダグラスの肩に顔を埋め込んだ。
そんエリーの気持ちがわかったのか、ダグラスが苦笑したのがわかった。
そして、握り締められたままの手に、もう一度、ダグラスの唇が当てられるのを感じた。
そして、漸くエリーの手を解放したダグラスは、エリーを抱き上げたまま、エリーの背中に手を回し、そして、そっと背中を撫でるような仕草をして、さらにポンポンと優しく叩いた。
一見、まるで、幼子をあやすかのような仕草。
それがダグラスの愛情表現の1つであることは間違いがなく。
それでいて、エリーもその優しい手が大好きだった。
「ダグラス、大好き――。」
「ああ、俺も、エリーが大好きだ。」
そうして、晴れて気持ちを通じ合わせることができた幸福な2人は、ただ、そのまま抱き合っていたのだった――。
【To be continued】