聖騎士隊において、次期、聖騎士隊隊長になるだろうと噂される、実力的に実質ナンバー2であるダグラスと、この数年でザールブルグにおいて彼女を知らないものはいないだろうと噂されるほどになった凄腕の錬金術師2人の関係については、すでにその数日後には、ザールブルグ中に知らないものはいないであろうと言うくらいに広まっていた。

その原因はというと、結局あの日、ダグラスが任務に戻ったのは、ほとんど日が暮れてからであり、任務を放棄したと言われても仕方がないその行動に、さすがのエンデルクが激怒したのだ。

その怒りを聞きつけたブレドルフ国王が、怒られながらもどこか幸せそうなダグラスの、昨日までとは違ったその雰囲気と、今朝、ダグラスを訪ねてきたと言う貴族令嬢の話から察知し、それをそのままエンデルクの前で口に出し、祝いの言葉を述べたのに対して、怒りが覚めやらぬエンデルクが、茶化すブレドルフ国王と、反省した様子を見せないダグラスに対して、城が震えたのではないかと思われるくらいの怒号を浴びせたのだった。



「陛下!! おふざけになるのには、時と場合を選んでいただきたい!! ダグラス!! キサマは、私情に走りすぎだ!! その感情で彼女が助かったのは間違いないのだろうが……。……やはり、その性根、もう一度鍛えなおしてくれよう――!!!!!!」



……それを聞いていた女官たちの行動は早かった。

『悪事千里を走る』と言ったのは、どこの誰だろう……。

この知らせは、悪事ではないが、それと同じ勢いで、ザールブルグへと広まっていったのだった――。





「やれやれ、マジで、豪いことになったな……。……人の噂は75日っていうが……、いつまで続くやら。」

疲れたように、けれど、どこか楽しそうに笑うダグラスが今現在いるのエリーの工房。

噂が広まった後のザールブルグは、2人が一緒にいても、そうでなくとも、皆が自分たちに注目しているようで、落ち着かなかった。

エリーは、その視線に対する気恥ずかしさで、もう半月近く、最小限の外出しかしようとしなくなってしまっていた。

そのためもあって、ダグラスは毎日仕事が終わった後、エリーの工房に通ってしか、エリーと会うことはできなかった。



「……エンデルク様にも、王様にも、悪気はなかったんだろうけど……。……恥ずかしいよ……。」

「悪い。……元はといえば、おれの所為だな。」

そう言って、少し申し訳ないような顔をしたダグラスに、エリーはギュウっと抱きついた。

そのエリーを、ダグラスは優しく抱き返してくれた。



気持ちを通わせてから、毎日ダグラスは工房に顔を出してくれる。

それは、嬉しい。

毎日ダグラスの顔が見られる。

それは、エリーにとって、本当に嬉しくて、幸福な気持ちにさせてくれる。

――長年の、ダグラスへの気持ちが通じたんだということを実感させてくれる行動だった。

でも――。



「ダグラス。」

「ん?」



抱きついたまま、名前を呼ぶエリーに、ダグラスは優しく触れて、そしてキスをくれる。



……でも、それだけなのだ。

それに、不満があるわけじゃない。

大事にされているのが解って、更に、エリーに幸福な気持ちを与えてくれるのだけれど――。



「ダグラス。」

「どうした、エリー?」



そう、名前をよぶエリーに優しく応えてくれるダグラスが、時折、ハッとしたように動きを止め、そして苦笑してしばらくしたら工房を出て帰宅してしまうのだ。



……ダグラスは、多分、自然に行動してるつもりなんだろうけど、……エリーだって、それ程鈍いわけじゃない。



――それに、子供、でもない。



「あー……、エリー……、おれ、そろそろ帰るわ。明日も早いし……。」



ギュウと自分を抱きしめたまま放そうとしないエリーに、ダグラスは、またいつものように苦笑して、立ち上がろうとした。

が――。



「おい、こら、エリー。……立てねえじゃねえか。」



いつもだったら、サッと離れるエリーが、今日はしがみついたまま、ダグラスを離そうとしない。

「……エリー?」

不審そうにダグラスはエリーの顔を覗き込み、引き剥がそうとするが、エリーは渾身の力を入れてダグラスにしがみついていて、ちょっとの力ではさすがにエリーを離す事ができない。

「……どうしたんだ、エリー。」

困ったような声で問い掛けるダグラスに、エリーは泣きそうなくらい必死だった。

……ダグラスが、いつも慌てた様子で帰ってしまうのは、きっと――。



「……泊まって、いかない……、の?」



か細い、かすかな、ともすれば聞き逃してしまいそうなくらい小さな――……、それでいて、エリーにとっては、一生分の勇気を振り絞った言葉だった。



心臓が、破裂しそうなくらいドキドキして。

――ダグラスに、自分からこんなこと言い出して、どう思われるのかすごく不安で。

……でも――、いつもみたいに、あんなふうに帰って欲しくなくて……。

――エリーを大事にしてくれているダグラスの気持ちが、わからないわけじゃない。



でも、エリーだって、ダグラスに喜んで、もらいたくて――。



時間にして、ほんの数秒。



それでもエリーにとっては、地獄の審判でも待つような気持ちで、……ダグラスの言葉を待っていた……。





ダグラスは、エリーの言葉を聞き取って、硬直していた。

(……意味、わかって、言ってんだ……よなあ……?)

しばらく真っ白になっていた頭が再び動き出したとたんに浮かんだ言葉がコレ。

ある意味、エリーに対してすごく失礼ではあったが、それでも普段のエリーからは考えられない台詞であったため、ダグラスがこう考えたところで、仕方がなかった。

確かに、気持ちを確認しあった相手と2人きりで、触れ合って、そんな気分にならない方が男としてどうかしている。



けれど――。



ダグラスは、知っていた。

まだ、エリーは、ダグラスが少し力を入れて抱きしめるたびに、ビクッと小さく怯えたように体が震えるのだ。

……アイゼルと、あのシュワルベから話は聞いていて、エリーが怯える理由は大体想像がついていた。

だから――。



(……エリーが怯えなくなるまで、待とうって、思ってたんだけど……な……。)



だが、エリーは震えながらも、精一杯の勇気を出して、ダグラスを受け入れようとしてくれている。

その気持ちを、ムダにはしたくなかった――。

でも……。



「……怖い、んだろ? ……ムリなんて、しなくていい。」



やはり震えて、どこか怖がっているエリーに、触れる事は、まだ、許されないような気がした。



けれど、そのダグラスの言葉に、エリーはフルフルと首を振った。

そうして、さらに強く、ギュウっとダグラスにしがみついてくる。



「エリー、離れてくれ。」



お願いだから――。



ダグラスのその、懇願にも似た響きの声を聞き取って、エリーはギュッと唇を噛み締めた。

自分をいたわってくれてるダグラスが嬉しくて。

でも同時に、本当に、申し訳ない気持ちになって、エリーはさらに力を入れてダグラスの首を抱きしめた。



「――ダグラス、だもん!! ……怖くない。……怖く、ないよ。」



半分ホントで、半分、嘘だった。

ダグラスは今、優しく触れてくれている。

でも、もし、いきなり力強く抱きしめられたりしたら、きっと、また、自分は怯えてしまうだろうということも、解っていた。

それでも――。



「――ダグラスに怖がってるんじゃないから……。……その……。……ダグラスが、嫌なんじゃないから……。――その、……だから……。」



咄嗟に怯えてしまっても、気にしないでそのまま抱きしめて欲しいとは、直接言うことが出来なくて、エリーは言葉を探していた。



「だから、その……ね? ――え……と……。」



説明しようとして、でも、それ以上言うのが恥ずかしいのか、泣きそうな顔になっていくエリーに対して、ダグラスは、とうとう降参した。

ここまでエリーに言わせて、拒否など、出来るはずがなかった。

なぜなら、何より、ダグラス自身がそれを望んでいたのだから――。



「――本当に、いいんだな?」



ダグラスの声が、変わった。

怖いくらい真剣で、そして、今まで聞いた事がないくらい、熱い声。

エリーの心臓が、大きく跳ねた。

ここで頷いたら、後戻りは、できない。


……でも――。


エリーは、コクンと首を縦に振った。



それを合図に、ダグラスは、エリーの唇に噛み付くようなキスをした。

そして、エリーを強く強く抱きしめて、何度も何度もキスを繰り返し、そして、ささやいた。



「好きだ、エリー。……愛してる。」



エリーは、そう告げられる度に、頷いて、自分からもダグラスを抱きしめたのだった……。





ダグラスは、優しかった。

最初から、最後まで。



ダグラスのその優しさが嬉しくて。

エリーは幸せで。

……幸せすぎて……。

ダグラスから与えられる何もかも、全てがいとおしくて。



一晩中、エリーはその幸福な気持ちからあふれる涙を、止める事はできなかった……。



【To be continued】



(06.01.23)


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