朝、工房の2階、エリーの寝室の窓から差し込む日の光に、エリーは目を覚ました。
隣にいるダグラスはすでに眼を覚ましていて、エリーが目覚めるのを待っていたみたいだった。
エリーと目が合うと、ニッとエリーの大好きな太陽のような笑顔で笑いかけてくれた。
それにつられて、エリーもまた微笑むと、ダグラスは覆い被さるように、エリーの顔にキスを落としてくれた。
「おはよう。」
「……おはよう、ダグラス。」
照れくさかった。
でも、幸せだった。
――大好きなダグラスとむかえる、新しい朝。
採取にともに行った時も、朝目覚めて、「おはよう」の言葉を交わすことはあったけれど、それとはまた、全然違う、くすぐったい感じ。
幸福感に酔いしれるエリーの目の前で、ダグラスは起き上がり、そして身支度を終えた。
「悪いな、エリー。……おれは、そろそろ行かないと。オマエは、寝てたらいい。」
「うん……。……そっか、そうだね。……ダグラス、行っちゃうんだね。」
残念そうにつぶやくエリーに、ダグラスはまたキスを落としてくれる。
「悪いな。」
「ううん。……サボったら、また、怒られちゃうもんね。」
ちょっと残念そうな感じは抜けきれないものの、クスクスと笑いながらそう言うエリーに、ダグラスはちょっと情けない顔で眉をよせた。
「……それを言うなよ。」
そう言いながら、もう一度、寝台の上でクスクス笑うエリーに触れようとしたダグラスは、階下で聞こえた物音に表情を変えた。
「ダグラス?」
エリーには、その音は聞こえなかったのか、いきなり表情を変えたダグラスに、「どうしたの?」と尋ねてきた。
「いや――……、……やばい、かも、しれない。」
「え?」
何が? と思った瞬間、誰かが工房の階段を駆け上がる音が聞こえてきた。
その音に、エリーも漸くダグラスが何を言いたいのか解った気がして、慌てて起き上がろうとしたが――。
「エリー!! たっだいま〜!!」
勢いよく、ノックもなしでエリーの寝室に飛び込んできたのは、エリーの同居人であるマリーだった。
マリーの視線の先には、寝台の上で、布団に包まった体を半分起こしかけたエリーと、……マリーが開けた扉の方向を向いて、引きつった顔で硬直しているダグラス。
「あ、れ……?」
マリーは一瞬、思考が停止したが、次の瞬間、いかに自分が間の悪いときに戻ってきたのかを察した。
あちゃ〜……と、心の中で、思い切り後悔して、額を抑えて自分を殴りたい気分にかられた。
……が、今更、やり直しもできない。
一応は、回れ右でもしようかとも思ったが、さすがにそこはマリーであって、……開き直ることに決めた。
「へえ〜……、ほう〜……。なーるほど〜。」
「ま、マリーさ……。」
恥ずかしさの余り、気が遠くなりかけたエリーを心配そうに見ながらも、ダグラスもまた、このような状況に陥ることなど想定もしていなかったため、言葉が浮かばない。
「わたしのいない間に、そんな関係に、ねえ?」
「あの! ですから、その、マリーさん……。」
たじたじになりながら、なんとか説明――言い訳をしようとするダグラスに、マリーはにじり寄った。
さすがに、エリーをからかうのはかわいそうだと思ったらしいマリーは、ターゲットをダグラスに定めたようだった。
「ふーん? ふーん? ふぅーん?」
本当に、悪戯を思いついた子供のように、楽しそうな笑みを浮かべながら、上から下から、様々な方向から覗き込むような体勢で動きながら、マリーは徐々にダグラスに近づいてくる。
マリーは直接言葉にしてからかっているわけではないが、その視線だけで、ダグラスを十分に困らせるのに成功していた。
冷や汗をダラダラかいていて、後ずさるダグラスは、決してやましいことをしたわけでもないのに、どうしてこんなにマリーに対して、後ろめたい気分になるのか、自分でもわからなかった。
……ただ、分かる事。
マリーは、単に、ダグラスをからかいたいだけであって、ダグラスに対して何ら含みを持っていないということ。
――怒らせては、後々まずいということだけで――……。
「あー!! ダグラス!! 遅刻しちゃう!! マリーさん!! ダグラス、今日遅刻したら、まずいんです!! だから、そ、そのくらいで――。」
とうとう窓際まで追い詰められたダグラスと、追い詰めたマリーの耳に、不自然なくらいに大きいエリーの慌てた声が飛び込んできた。
ダグラスは慌てて時間を確認して、たしかにそろそろ出ないといけない時間であることに気づいた。
だが、今のエリーの声は、明らかに芝居がかかっていて、その意図は――。
「ああ! やべえ!! ほんとに!! ま、マリーさん、悪いけど、それじゃ!!」
そう言って、逃げるようにマリーの視線から逃れ、部屋を走りぬけようとして、すれ違い様にエリーに「サンキュ。ほんとに、わりぃ。」とささやいていった。
その声と共に、ダグラスの唇が耳に触れた気がして、エリーは思わず耳を抑えてしまった。
照れくさくて、でも幸せで。
走り去っていくダグラスの背中を、エリーは幸せそうな笑顔で見送ったのだった……。
「あらら……、行っちゃった。」
しばらく、思わずマリーの存在を忘れてダグラスを見送っていたエリーの耳に、マリーの本当に残念そうな声が聞こえてきて、今更ながらにエリーはワタワタと慌ててしまった。
マリーは、いつの間にか窓際からエリーの側に移動してきていて、ダグラスが去って行った扉を見ていたようだったが、その視線をエリーに移した。
その、ダグラスとはまた違う、綺麗な青い色の瞳に見つめられ、さっきはダグラスを庇う……と言っては語弊があるかもしれないが……、そのためにマリーを遮る気力を出したエリーだったが、今更2人きりになったことをちょっとだけ後悔していた。
まさにその瞬間ではなかったが、マリーにこんな所を見られて、本当に恥ずかしかった。
その死んでしまいそうなくらい恥ずかしさを今更ながらに思い出して、泣きたくなって、思わず布団にもぐりこんでしまいたい衝動に駆られた。
「ま、よかったじゃないの、ね? エリー?」
マリーは、そのエリーの心情をちゃんと理解しているのか、それ以上からかう事もなく、本当に、自分のことのように嬉しそうな笑顔でエリーに笑いかけてくれた。
マリーだって、一応、自分が悪かったという自覚もある。
だから、ダグラスに対してだって、あれ以上別に何をするつもりも、言うつもりもなく、ただ、真っ赤になってどもるダグラスを面白いと思っただけだったのだ。
(だってねえ。あんなに、敵に対しては容赦ない強さを持ってて、頼りがいがあるくせに、エリーのこととなると、てんで情けなくなるなんて、面白すぎるじゃない?)
そんな事を考えながらも、可愛くて優しくて、愛しいくらいに大好きなエリーが、長年想いつづけてきた相手である、ぶっきらぼうで態度は悪いが、人間としての信頼度は満点で、エリーに対する気持ちも疑いようがないダグラスが、今まで以上の幸福な関係を結ぶことができたことに、心からの祝福を送りたいと思った。
その気持ちの表すままに、マリーはエリーに向って笑いかけた。
そのマリーの、輝くまでに綺麗で、優しい笑顔が嬉しくて。
でも、やっぱり、恥ずかしくて、恥ずかしくて、恥ずかしくて――。
でも、心から、祝ってくれてるマリーが、やっぱりそれ以上に嬉しくて。
エリーは真っ赤な顔のまま、自分も本当に、心から、幸せそうな笑顔で笑ったのだった……。
【To be continued】