結局、ダグラスは、危ういところを救われた、その二人とともに、二人がキャンプしていた場所に向かった。

少し開けた、森の中にある広場で、焚き火を囲むように座ったダグラスは、相手の名前を尋ねた。

「……おれは、ダグラス・マクレイン。あんたらは?」

憮然とした不機嫌そうな声に、二人は少し目を合わせて、首をかしげたようだったが、特に気にした様子も無く、名前を名乗った。

「私はリリー。こっちは、夫で、ウルリッヒと言うの。」

「ウルリッヒ・モルゲンだ。」

妻に紹介された男性も、自分の名前をもう一度名乗った。

「……で? 助けてくれたのはありがたいが、あんたらは、なんでこんなとこでキャンプなんかしてるんだ?」

ダグラスは、相手に自分に対する敵意がないことは理解していたが、エリーのことが心配で、見知らぬ相手を受け入れられるほどの心の余裕がなかった。

「私たちは、ドムハイト王国へ向かう途中なの。本当は、ザールブルグまで行く予定だったのだけれど……。先に、ドムハイトに用事ができてしまって。」

ね、と隣にいる男に女が目配せすると、男は無言でうなづいた。

「……ふーん。」

いまいち納得しているのか、そうでないのかわからない返事を返したダグラスに、二人は苦笑した。

「そういう、あなたは、どこへそんなに急いで行くつもりだったの? こんな夜中に――。」

リリーと名乗った女性に、逆に問い返されて、ダグラスは、ぎゅっと両手を握り締めた。

「……あのさ……。……いや……。」

口を開きかけて、またつぐんだダグラスを、二人は決してせっついたりせず、黙って耳を傾けていた。

焚き火にくべられた木の枝のはぜる音が、辺りに響いた。

ダグラスは、唇をかみ締めた。

「……聞いたことないか? ドムハイトとシグザールの国境辺りに、……盗賊が……でると……。」

「盗賊……?」

今度はウルリッヒが口を開いた。

「そうだ……。」

「…………。」

少し考え込んでしまった様子のウルリッヒと、同じように思案顔になったリリーの様子を、ダグラスは慎重に伺った。

「……ああ、そういえば――。」

何か思いついたようなリリーの声に、二人の視線がそっちへ向く。

「リリー?」

「……キャラバンの数が減ったと……、どこかで聞いたような……。」

「キャラバンが?」

「ええ。……詳しいことは、何もわからないけれど……。……でもそれは、魔物の数が増えたからではないかとも、聞いた気が……。」

ごめんなさいね、と少し申し訳なさそうに言うリリーに、ダグラスは首を振った。

「いえ、いいんです。……その場所について、何か心当たりは?」

「ええと……、ちょっと待ってね……。たしか――、そうそう、ドムハイトの国境近くの山の……西棟の街道あたり……だったかしら……。」

「西棟……?」

ダグラスは、頭の中で地図を思い描いた。

以前、エリーと共にドムハイトへ向かったときは、東棟の街道を通ったはずだ。

……今回聞いたサイードの話でも、そんな風には言っていなかった。

だが、盗賊が移動をしていないとは限らない。

もしかしたら、両方の街道に網を張っているのかもしれない。

「こんな不確かな情報で、お役に立てるかしら?」

「ええ、ありがとうございます。」

そういったきり、うつむき、考え込んでしまった様子のダグラスに、リリーは困ったような表情を向け、そして、夫に向き直り小声でささやいた。

「一人で、その盗賊を退治しに行くつもりなのかしら?」

「かもしれんな。」

無謀にも程があると、ウルリッヒはため息をついた。

現に、今さっきも、ウルリッヒが気づかなければ危なかったのだ。

それなのに、さらに魔物の数が多いかもしれない場所へ、一人で向かうなど自殺行為に他ならない。

ウルリッヒは、再びダグラスに視線を戻した。

年のころは20半ばか、実際見たわけではないが、彼が一人で倒した魔物の様子と、身のこなしから、それなりの手練であることは疑っていない。

それに、これはあくまで勘でしかなかったけれど、彼には底知れない可能性のようなものが秘められている気がした。

しかし、まだまだ未熟なところが多いように見受けられ、その才能が開花するのはまだ先のことのようにも思えた。

「……人数を連れてきたほうが、良いのではないか? 幸いにも、おまえは、聖騎士なのだから、討伐隊を組むなどして――。」

言いかけたウルリッヒの言葉は、ザッと音を立てて勢いよく立ち上がったダグラスにさえぎられた。

「それじゃ、遅いんだよ! こうしてる間にも、あいつが――!!!」

そこまで言って、ハッと気づいたように、ダグラスは口を押さえた。

そして、ストンと腰をもう一度下ろし、罰が悪そうに顔を背けた。

しばらく、次の言葉を待ったウルリッヒは、ダグラスが全身震えていることに気がついた。

顔は、苦しそうにゆがめられ、かみ締める歯の音が今にも聞こえてきそうなくらいだった。

「あいつとは?」

だいたい予想がつくことではあったが、ウルリッヒは、改めてたずねてみた。

この青年が、無謀を承知で一人で助けに向かう相手、とは――。

「…………あんたらには、関係ない。」

搾り出すような声で、ダグラスはそういうと、そのまま、口をつぐんで、もう何もいう気はないようだった。

ウルリッヒは、また、ため息をついた。

そのとき、横からリリーが口を開いた。

「ねえ、ダグラス。あなたが助けに行こうとしている人だけど……。あなたがその身を危険にさらして助けに行って、それを喜ぶような人なの?」

「………………。」

「その人は、……あなたがそんな無謀なことをしてまで、助けに行って、もし、怪我……いえ、取り返しのつかないことになったとしたら……。……それでも、その人は喜ぶのかしら?」

ダグラスの目が、リリーに向けられた。

暗闇の中、不確かな炎の明かりに照らされていながらも、彼の瞳が蒼い、美しい色をしており、そして、その瞳に、静かに、しかし、いいようのない怒りをたたえているのが読み取れた――。

「……だとしたら、そうまでして助けに行くことなど、私は賛成しない。」



いかにも、ダグラスのためを思って言ってます、というような言い方のリリーに、ダグラスは、煮えたぎるような怒りを覚えた。

彼女は、エリーのことを知らない。

だから、ダグラスのことだけを心配して言ってくれているのだと、頭ではわかっていた。

けれど、エリーをさげすんだような言い方をされて、怒りを覚えずにはいられなかったのだ。

「黙れ! エリーがそんな人間であるはずない!! ……あんたに何がわかる!? あいつは――。」

ダグラスは、怒りに任せてリリーを怒鳴りつけたかったが、あまりの怒りに、逆に言葉がでてこなかった……。

しかたなく、一呼吸を置いたダグラスは、怒りを抑えることもなく、リリーをにらみつけた。

「俺が! こんなことをして、あいつが喜ばないのは百も承知だ!! だけど! じっとしているなんて、できなかったんだ――!!」

そう言って、また黙り込んでしまったダグラスを見て、二人は困ったように、目を合わせ、苦笑した。

「……わかった。では、及ばずながら、私がおまえの手伝いをしよう。」

ウルリッヒの言葉に、ダグラスはハッと顔を上げた。

「こんなところで、おまえに出会った私の運がなかったのか、それとも、おまえの運が私を引き寄せたのか……。ともかく、見捨ててしまっては、寝覚めが悪いからな。」

「クスクス……。本当は、嬉しいくせに、意地っ張りですね、ウルリッヒさまは――。」

「……どうして……?」

ダグラスは、何故、知り合ったばかりの自分に、この男がこれほどまでに手を差し伸べようとしてくれるのか、全く理解できなかった。

「……私は、シグザール王家に多大なる恩がある。シグザールの未来を担う貴重な人材を、私の目の前で失わせるわけには行かない。」

「けど……。」

チラリとダグラスは、リリーの方を見た。

彼女は、どうするのだろうか……。

その視線に気づいたリリーが笑った。

「こう見えても、私、結構強いのよ? それに、私には錬金術がある。あなたたちの手助けくらいできるわ。」

「錬金術師……。」

ポツリと驚いたようにつぶやいたダグラスを不思議に思いながらも、リリーはニコリと微笑んだ。

「いいですよね? ウルリッヒさま。」

男は、そう言う妻に苦笑を浮かべた。

「おまえは、言っても聞く気はないのだろう?」

「ええ。」

キッパリと答える妻に、男は、また苦笑を浮かべた。

その様子を見ながら、ダグラスは両手をきゅっと無意識に握り締めた。

思わぬところで、味方を手に入れた。

このことが、どう転ぶかわからなかったが、それでも、彼らのことは、ありがたかった。

「――ありがとう。」

そう言って、ふかぶかと頭を下げたダグラスを、二人はとても優しい瞳でみつめていた――。



【To be continued】



(05.06.16)


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