「……とりあえず、どちらに向かうのだ?」
夜が明け、真っ暗だった森の中に日の光が差し込んだ。
ウルリッヒは、昨晩知り合った青年に声をかける。
「……東棟に行こうと思う。」
「そうか。」
青年の言葉に、ウルリッヒはただ、そう頷いた。
――――――――――――
意識がゆっくりと浮上する。
体はしびれて、自分の思うとおりに動かない。
重いまぶたを無理やり動かし、目をあけた。
薄暗い、ほとんど明かりの届かない、洞窟の中。
囚われた女たちは一箇所に集められていた。
皆、一様に絶望の淵に突き落とされたかのような暗い顔をしており、ところどころで、すすり泣く声も聞こえていた。
(これから、どうなるんだろ……。)
自分の身に降りかかるであろうことを、どこか遠くのことのように感じる。
エリーは、再び瞳を閉じた。
今、最も会いたい人を思い浮かべながら――。
捕らえた女たちがいる牢屋の前に、男が2人立っていた。
「おれたちにも、まわしてもらえんのかな?」
格子越しに女たちをなめまわすような視線で見ながら、もう1人が口を開いた。
格子の向こうには、10人ほどの女が、身を寄せ合い、うずくまるように、膝を抱えて座っている。
「さあ、全員には……どうだろうな? ……知ってるか?」
「何を?」
男は、視線を仲間に戻す。
「……お頭の部屋から、女が忽然と姿を消したんだそうだ。」
「はあ?」
「……いなくなる前に、お頭の部屋から女の悲鳴が聞こえたらしいが……。」
「…………。それって、まさか……。」
「……そのまさか、かも知れんが、詳しいことは、誰も知らん。」
「…………。」
男たちはそう言うと、どちらからともなく、視線をそらし、女たちをもう一度見ると、口を閉ざしたまま、その場を立ち去った。
……見張りは――、必要ないといわれていた。
だから、何人の女を攫ってきて、または、連れ出しているのか、正確に把握しているものはいなかった。
男たちは、自分たちのお頭が、不気味な力を持っていることを知っていた。
その力で、魔物を操ることができ、そのお陰で、自分たちは楽に仕事がさせてもらえるのだということを――。
略奪したお宝は、7:3で分けられ、7を手下たちで分配していいとしていた。
さとい手下たちは、頭が普通でないことを知っていながら、口をつぐむ。
何も考えない手下たちは、お頭を褒め称える。
今のところ、手下に何かを仕掛けてくるようなそぶりは見せない。
いたって、気のいい頭である。
だからこそ、深く考える者は、お頭を問いただす者は、1人もいなかった。
頭の名前は、ロッソといった――。
(今の、どういう意味……。)
エリーは、ぼんやりと、聞こえてきた男たちの会話の内容を考える。
女と見られてさらわれたからには、『そういう危険』があることくらいは、容易に想像がついていた。
最終的には、殺されるかもしれないということにも――。
だか……。
死体として、外に放り出されるわけでもなく、手下たちにも知られない方法で、女が姿を消すなんて……。
「……どうして……?」
ぽつりとつぶやいた言葉は、誰の耳にも、届くことはなかった――。
―――――
「名前が知れ渡れば、――は必ず、俺の元へ帰ってきてくれる。」
(――そのためには、たくさんの人間を襲えばいい。)
「そのために、俺のこの力は役にたつ。」
(――思う存分使えばいい。)
「俺は、必ず、――を取り戻す。」
(――欲しいものなど、なんでも手に入るさ。)
男――ロッソは、1人、部屋の中で酒を飲みながら、ニヤリと笑った。
いつから、この力を手に入れたのかは、自分でもわかってないなかった。
気がついたのは、魔物に襲われたとき。
やられる――と思った瞬間、魔物の動きが止まった。
不思議に思って、そいつを見、「立ち去れ」と言った瞬間、魔物が全て消えうせた。
最初は、ただの偶然だと思っていた。
だが、同じことが2度、3度と続くうちに、3人の男が、魔物に襲われている場面に遭遇した。
助けるつもりなど、さらさらなく、ただその様子を見ていたが、不意に、男の1人が、仲間を捨てて逃げ始めたのだ。
なんとなく、気に食わなくて、「あいつだけ、死ねばいい。」とつぶやいた瞬間。
今、まさに襲われていた2人の人間から魔物が離れ、逃げ出した男を一斉に追い出したのだ。
そして、数分もしないうちに、逃げ出した男の体だけが冷たく横たわり、何が何だかわかっていない顔をした、怪我はしたが、命に別状のない2人が、呆然とその場にたたずんでいた。
そのとき、ふと気がついたのだ。
魔物たちは、自分の言う言葉を聞いているのでは、ないのだろうか、と。
そんなバカなこと……、と思いつつ、否定することもなかったが、試す気にもならなかった。
それからしばらくして、路銀が尽きた。
『ある人物』を探すのみで、特に目的がない旅だったが、定住する気は全くなく、どうするべきか悩んでいるロッソの前を、裕福そうな旅人が通った。
襲い掛かり、荷物を奪うことなど、特に難しそうではなかったが、自分が求めている『ある人物』が自分に最後に言った言葉が頭をよぎり、躊躇した。
『おれは、今までの罪を償う。……おまえたちまで、そうしろとは言わんが、おれは、それを願う。』
彼を敬愛している気持ちに、うそ偽りはなかったから、このときは、どうしても彼の意思に反することができなかった。
「……魔物が、襲ってくれればいいのに。」
そうすれば、彼の言葉に反することにはならないのに……。
そう、つぶやいた瞬間。
「ギヤアアアアアアアア―――――!!!!!」
耳を劈くような、男の悲鳴が聞こえ、慌てて視線を向けたところ、先ほど見た、裕福そうな旅人が、魔物に喉をかききられて、倒れていた。
魔物たちは、一瞬、ロッソを見たが、襲い掛かるでもなく、まるで、自分たちの仕事は終わったとばかりに、しげみの中へと消えていった。
「ハ……。」
このとき、自覚した。
自分には、魔物を操る力があるのだと言うことを――。
そのときから、ロッソは、そのときと同じような、必要なときに、その力を利用していたが……。
「この力があれば、俺は、無敵じゃないのか?」
(そうだ。この力さえあれば、人間は、おれにかなうわけがない。)
「……金も、力も思いのままだ。」
(欲望のままに生きることができる。)
「……だが……。――の言葉に反することにならないか……?」
(だが、守っていたところで、――に、会えるのか?)
「……このままでは、一生、会えないかもしれない……。」
(どうすれば、会う機会を作ることができる?)
「俺が、ここにいることを知らせれば……。」
(どうやって、知らせる?)
「名前を売ればいい。」
(何をする?)
「……やはり、盗賊か……。」
(それがいい。――も以前はそれをしていた。)
「……やっぱり、だめだ。――の言葉に反するなど……。」
(だが、このままでは、求めるものは、簡単には手など入らんぞ?)
「……そうだな。……それに……、――は、今頃、あの時のことを後悔しているかもしれない。」
(そうだ。そうに違いない。何せあのときは――。)
「女に負けたことに、自信を喪失していただけだ。そのことに気づいていれば――!!」
(そうだ、そのことに気づかせることができていたなら、――は、解散しなかった。)
「もう一度、おれが、立ち上げればいい。そうして、名前を売っていけば――。」
(――は、必ず、目の前に現れる。そうして、ほめてくれるさ。)
「ああ、褒めてくれる。――に、再会できて、まして、褒めてもらえるような一石二鳥のことに、なんで、今まで気づかなかったんだ!?」
(今気がついたんだ。遅くはないさ。)
「ああ、遅くはない。――俺はやる。」
ロッソはそうして、『盗賊団』を再び立ち上げることを決心した。
『シュワルベ』に、会うために――。
そのとき、ロッソの中で、何かが笑った。
だが、ロッソはそれに、全く気がつくことができなかった――。
【To be continued】
(05.06.18)
エリーさん誕生日おめでとう!!
…やっと登場、エリーさん。でも、待遇悪いです。ごめんなさい。
ちまたでは、エリーさんの誕生日が祝われている最中に、なんていうものをアップしてるんだか…(汗)
連載は、まだまだ続きます。お付き合いのほど、どうぞよろしくお願いします。
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