「……ふん。」



無言で、襲いかかってくる魔物を全て撃退したシュワルベは、小さく息を吐いた。

(……確かに、この魔物の数は尋常ではない……。)

ひとまず、身体を休めるため、シュワルベは、少し反り返った崖下の、少し開けた場所に腰を落ち着けていた。

静かに夜が裾を広げ、辺りは闇に包まれていく。

その様子を、一人、焚き火の火を見つめながら、シュワルベは、思案する。

(一体誰が、俺の名を語っている……?)

過去の自分の手下たちの顔を思い出す。

マリーに負けたことで、いきなり盗賊業から足を洗うと言ったシュワルベに、真っ向から反発したヤツは多かった。

だが、最終的には、8割がたの手下たちが、シュワルベの主張を受けいれ、同じようにまっとうに生きる事を誓っていた。

(……最後まで、反発したヤツの中のどいつかが……。)

そう考えて、ふと思う。

すでに、あれから10年以上の月日が経っている。

今更、過去の頭――しかも、意見を対立させ、「腰抜け」とまでのたまった相手の名を語るようなヤツが、自分の手下にいたようには思えない。

(…………………。)

シュワルベは、眉をひそめた。

嫌な考えに至ったからだ。

軽く息を吐く。

「……まさか、足を洗ったはずのヤツが……?」

それも、今更のような気がしたが、完全には否定できないような、そんな予感がした。

「……………。」

苦い予感を感じながら、携帯食の干し肉を口に放り込む。

胸騒ぎがした。

「……なんだ、これは……?」

これほどまでに落ち着かない気分になったのは、とても、久しぶりだった。

悪い予感のような気もするが、そうとも言い切れない、何かを感じた。

「……おれの勘も、鈍ったな……。」

自嘲のような言葉を漏らし、仮眠を取るべく、シュワルベは目を閉じた。





夜明けが近づいてきたのだろうか。

まぶたの裏に、うっすらと明かりが感じられてきた頃、シュワルベは、何かの気配を感じた。



――獣ではない。

――……魔物とも思えない。

――人……のようだった。



口元が少し緩むのを感じた。

(飛んで火にいるなんとやら……か。)

体勢を変えることなく、抱えるように眠っていた剣の柄を握りなおす。

そのまま、寝たふりを続け、周囲の気配を読む。

(4……、いや、5人か……。)

気配の主たちは、シュワルベが起きているのには全く気が付いていないようだったが、一応、足音を忍ばせ、無言で近づいてくる。

(気配を消さなければ、無意味なことだがな……。)

シュワルベは、そう、心の中で皮肉に笑う。

例え、気配を消そうとしていたとしても、この程度の相手の気配が読めないほど、シュワルベは鈍くない。

(……雑魚だな。)

倒すは容易いが、望む情報が得られるのか、少し悩むところだったが、向こうが襲ってくる気なのだから、相手にしないわけにはいかなかった。

気配の主たちは、ゆっくりとシュワルベに近づき、そして、無言のまま、シュワルベに向かって、剣を振り下ろした――。



しかし――。



「ガアアアアア!!!」

次にあがった叫び声は、男達の意図した相手からのものではなかった。

「な――!?」

「なんだと――!!」

剣を振り下ろした体勢で、喉を掻ききられた男たちの仲間は、そのまま、うつろな表情でその場に倒れた。

男の喉から飛び散った血が、辺りを赤く染めていた。

「お、おまえ――!!」

「よくも!!!」

口々に、男達がシュワルベに怨嗟の言葉を投げつける。

「……寝込みを襲ってくるやからに、言われる筋合いはないな。」

シュワルベは、眉をわずかにひそめてそう言った。

「何を――!!」

男達の言葉を聞き流し、シュワルベは、淡々と言葉を発する。

「お前達に、聞きたい事ががる。……それに答えられたら、この場は見逃してやろう。」

その、シュワルベの言葉に、男達は、一気に頭に血を登らせた。

「野郎! なめやがって――!!」

「身の程を教えてやる!!」

そう言い、シュワルベに向かい、全員が襲い掛かってきた。

「……………。」

シュワルベは軽く息を吐いた。

相手の力量も解らない、本格的な雑魚だったらしい。

仕方なしに、シュワルベは剣を構えた。



ほんの、数分だった。

「うう……。」

「……畜生……。」

「いて―よぉ……。」

辺りには、自力では立ち上がることすらできない、男たちの姿があった。

ある者は腕を落とされ、ある者は、足の腱を切られ、二度と、悪さなどできないだろう姿へと、変えられていた。



「……せいぜい後悔するがいい。」

つぶやきながら、倒れている男たちの中で、一番上と思われる男に近寄り、その喉元に剣を突きつけた。

「お前らの、頭の名を言え。そうすれば、命だけは助けてやろう。」

「……へ、へへへ……。『シュワルベ盗賊団』の頭だ。言わずともわかるだろう。」

腕を切り落とされ、息が絶え絶えになっているにも関わらず、男は、シュワルベをあざけるように笑った。

「……………。」

そう答えた男に、眉をひそめたシュワルベは、無言で傷口の辺りを踏みつけた。

「ギャ、ガアアアアアアアアア!!!」

男の、聞くに堪えにくい喚き声があたりに響いた。

「……次が最後だ。頭の名は?」

男の傷口を踏みつけたまま、シュワルベは、先ほどより幾分低くなった声で問い掛けた。

「ロッソだ!! 以前、シュワルベ盗賊団ってヤツの幹部だったとか言ってる!!」

脂汗を流しながら、喚き散らす男の言葉を聞き、シュワルベはさらに眉をひそめたが、さらにアジトの場所を聞き出し、その上で、とりあえず、男の腕は解放してやった。

「……そうか。」

そうして、ポツリとそうつぶやくと、シュワルベは懐からある道具をとりだした。

以前立ち寄った村でもらった道具袋の中に入っていた、遠くにいる人間に、言葉を届けることができるというアイテムだった。

奇妙な道具に結構慣れてはいたが、どうも信用しきれず、念のため、今までに得た情報を紙に記してくくりつけてから、空に放った。

そして、シュワルベは、男たちを振り返ることなく、その場を立ち去った。



残された男たちは、ただ、うめき声を上げることしかできなかった。




【To be continued】



(05.06.23)



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