ザールブルグを出発したマリー一行は、ドムハイトとの国境近くの村に滞在していた。
明日にも、盗賊が出没するという街道に入ることができる予定だった。
その村の宿屋件酒場に入り、荷物を置いた後、マリー、ルーウェン、ミューの3人は、酒を酌み交わしていた。
あまり酒が強くない、アイゼルとサイードは部屋で休んでいる。
「……ねえ、ルーウェン、ミュー。」
「なんだ?」
「?」
マリーにしては、おとなしく酒を飲んでいるなと思っていた二人は、いきなり呼ばれ、マリーに目を向けた。
「あのさ、盗賊団の名前なんだけど、……どう、思った?」
「ああ、あれか。」
ルーウェンは、納得したように頷いた。
「そうね、確かに、気になるよね。」
ミューも、珍しく神妙な顔で答える。
アニスとサイードの情報では、盗賊団の存在自体信じられていなかったが、ここに来るまでに、確かに、盗賊団が存在することはあきらかであり、そして、その、盗賊団の名前も知ることができた。
「――『シュワルベ盗賊団』だもんね。」
ミューが言った言葉に、マリーは酒の入ったグラスを握り締めたまま頷いた。
「信じる?」
「いや。」
「ぜ〜んぜん。」
即答した2人の言葉に、マリーが少し表情を和らげた。
「そんなこと、気にしてたのか?」
めずらしくおとなしいと思ってたら……、と、ルーウェンがあきれたような顔をする。
「そうだよ。確かにさ、『あいつ』、足を洗ったとはいえ、堅気には見え難かったけど、筋は通ってたし、いいやつだったじゃない?」
誉めてるのか、けなしてるのか、わからないミューの言葉だったが、確かに、的を得ている。
「……うん。ありがと。」
マリーはホッとしたように笑って、持っていたグラスを傾けた。
「……でもさ、どうして、今更『シュワルベ』なのかな〜? ……同名?」
ミューが首を傾げて、ルーウェンの方を向く。
「……そうだな。それは、確かに、俺も気になってはいるんだが――。」
ルーウェンが言いかけた言葉を最後まで聞かず、マリーが口を開いた。
「どっちでもいいわ。……必ず、とっ捕まえて、ぶちのめしてやるんだから!!」
僅かにあった懸念材料が払拭されたらしいマリーの目には、黒い炎が燃え上がっていた。
「………………お手柔らかに……。」
盗賊に対しては、自業自得だと思えるが、それに付き合う自分たちにも被害が及びかけないマリーの暴走を想像し、ルーウェンはミューと顔を見合わせてため息をついた。
―――――――――――――
踏みつけにされていた男は、ダグラスの注意が自分以外のものに向けられたことなど、全く気づく様子もなく、ただただ恐怖に震えているだけだった。
ダグラスは、踏みつけにした男に対する力を抜かないまま、先ほど一瞬感じた気配の主を捜した。
その気配は、かすかにしか感じられないものの、ダグラスに向かって歩いてきているようだったが、そのあまりなまでの希薄さに、ダグラス自身、その気配の主が、確実に近づいて来ているのかどうかに、自信が持てなかった。
だが、何者かが近くにいることは確かで、音も立てずに歩く様子は、ともすれば森に溶け込み、簡単に見逃してしまうであろう、獣と大差ないかすかなものだった。
そのことからわかること――。
(強い――。)
こいつらの、仲間だろうか。
だとしたら、その中のかなりの地位にあるものだと思える。
人――、生き物はたいてい、力のある者が上にたつ。
学識のないものたちであればあるほど、その傾向が強い。
盗賊の一味だとすれば、ダグラスにとっては願ってもいない相手だった。
希薄な気配の主は、そう時間も経たないうちに、ダグラスの前へと姿を現した――。
ダグラスより、10ばかり上に見える、男だった。
男は、頭から巻いた茶色がかった布で顔半分を覆い、そのまま肩にかけられた同色の布に挟み込むように、マントのように背中へと流していた。
大衆の中であれば、人目を引くであろうその精悍な容貌は、整ってはいるが、目つきの鋭さからか、どこか冷たさを感じさせた。
その目つきは鋭く、また、男を包み込む、硬い空気が、ダグラスの警戒心を呼び起こしていた。
男は、目の前に立っているというのに、その気配が希薄なゆえに、瞳を閉じれば、おそらくそこにいること自体気づかないのではないだろうかと、ダグラスでさえ、そう感じた。
……よく、気づいたものだと、ダグラスは、心の中で自嘲する。
一見して只者ではないと、ダグラスの勘が訴えている。
「おまえ、何者だ? ……こいつらの仲間か?」
ダグラスは踏みつけたままだった男を、目の前の男から視線をはずさないようにしながら、あごで示した。
普段のダグラスを知っているの者がいれば、この声の低さと、響きに、別人ではないかと、耳を疑ったであろうくらい、硬く、殺気のこもった声だった。
「……………………。」
対する男は、ただダグラスの方を見たまま、全く動きを止めていた。
「…………何とか言ったらどうだ。」
「………聖騎士が、何故ここにいる。」
目の前に立つ、ザールブルグ王室騎士団のうちでも、上位に立つ、聖騎士の青い鎧を身にまとった相手を見て、発した言葉に、聖騎士の青年が反応した。
言葉では答えず、シュワルベの言葉に、ピクリと体を一瞬震わせたのだ。
その様子を目に留めながら、シュワルベは青年が踏みつけている男を見た。
悲鳴を聞いて一応様子を見に来たのだが、どうやら、悲鳴を上げたのは盗賊に襲われた人間ではなく、盗賊自身のようだった。
「……まぎらわしい。」
ポツリとつぶやいたシュワルベの言葉に、青年はあからさまに眉をひそめた。
「……おい!」
目の前の青年は、シュワルベに無視されたと思ったのか、ただでさえ殺気のこもっていた眼差しを、更に強めて、シュワルベを睨みつけてきた。
「………………。」
その反応に、自分が良く知る聖騎士とは、全然違うタイプの人間だと判断した。
「おい! おまえ、盗賊団の仲間か!?」
答えないシュワルベに、業を煮やしたのか、青年は、地面に突き刺してあった聖騎士のつるぎを抜き、シュワルベに向けた。
その刃先が、地面に押さえつけられている男の頬をかすめ、男が、シュワルベに向かって「助けてくれ……。」とつぶやくのが聞こえた。
「……違う、と、言ったら?」
この状況では、信じないだろうと思いつつ、シュワルベは口を開いた。
盗賊が出没すると噂が立ち、通常の旅人がほとんど寄り付かなくなった、街道の側の森に、たった一人で闊歩する人間。
しかも、明らかに盗賊の一味である男が助けを求めている人間を、騎士でなくても怪しむのは当然だろう。
「……証拠を見せろ。……といっても、仕方がないだろうがな。」
青年も、シュワルベの言いたいことを理解したらしい。
どうやら、頭の回転も悪くはないらしい。
それに、その身のこなし、堂々とした風格からも、その青年がかなりの使い手であることを、シュワルベは見抜いていた。
……だからこそ、今、ここにいる事が不思議に思えた。
「……何を持って証拠とする? ……無駄なことだ。」
「その通りだな。」
そう言うと、青年は、シュワルベにつるぎを振りかざし、飛び掛ってきた。
即座にシュワルベは反応し、腰に佩いていた剣を抜き、青年の剣を受け止めた。
「……気が短いな。」
「うるせえ!!」
青年はそう叫ぶと、ぱっと後ろへ飛び退き、体勢を変えてシュワルベに襲い掛かかった――。
【To be continued】